東北から出てきた女中が記した、東京郊外に「小さなおうち」を構える一家に奉公した様子の手記というかたちで話は進む。小説の中の人物が手記を書くという二重構造になっている。
女中という、現代社会ではほとんどなくなってしまった職業を語り部におくことにより、その時代の雰囲気がよく伝わってくる。女中とその奉公先一家との、ほのぼのと心暖まる交わりが本書の骨格である。主人公である女中が、奉公先の「奥様」や「ぼっちゃん」を慕っている様子が心地よい。
しかし本書の主題は、その交流そのものではない。そこから透けて見える、戦前の世相が主題である。
昭和初期、第二次大戦に至るまでの十数年間は、決して暗い時代ではなかったことがよく分かる。特殊な状況が戦争という結末を招いたわけではなかった。普通の人たちにとっては、知らず知らずのうちに、戦争へと進んでいってしまったのだ。
読み口は軽いが、読後は何だか少し考えさせられるという不思議な小説だ。普通の人たちが、いかにして戦争に巻き込まれていったのか。重いテーマを、ほのぼのとした語り口で読ませる作品といえるだろう。
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