2011年10月30日日曜日

2011天皇賞(秋)、スワンS  予想の回顧

 土曜はスワンS。◎エアラフォンはスタートがひと息で、中段を追走。道中は最内を進むも、外にもたれ気味。4コーナーではいい感じに見えたのだが、直線は伸びを欠き5着まで。揉まれてイヤ気が差したのだろうか。それにしても、案外な結果だった。
 このレース、「荒れる」という前提で予想したのだが、結果は1番人気-3番人気のワンツー。前提が間違っていたのだから、諦めるしかない。

 日曜は天皇賞(秋)。◎エイシンフラッシュは、好発を切り、3、4番手からの競馬。絶好の手応えで直線を向き、堂々と先頭に立った…ように見えたのだが、いざ追い出すと伸びず、ズルズルと後退。結果は6着だった。
 好枠から好スタートを切ったのだが、結果的にはそれが仇となったか。レコード決着のハイペースに巻き込まれてしまったのかもしれない。
 それにしても、外国人ジョッキーのワンツーですか。デムーロもスミヨンいないのに、相変わらずの存在感だ。来週からも目が離せない。
 勝ったトーセンジョーダンは、昨日の予想で推奨穴馬に抜擢した馬。予想はいい線いっているということで、来週につなげたい(反省せんのか)。

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書評 榊原洋一『大人が知らない子どもの体の不思議』(講談社ブルーバックス)

 かなり長い間、積ん読状態になっていたのだが、発掘されたので読んでみた。

 ベテラン小児科医が、子どもの体や心に関する疑問に答える本。特に初めて子育てをする新米ママ・パパが知りたくなるような疑問が並べられており、それに対して榊原さんが簡潔に答えるという形式が取られている。
「それって、育児本じゃん?」
と思ったあなた、正解です。
 本書はブルーバックスに収められてはいるものの、科学読み物というよりは、育児本である。したがって、科学的好奇心を刺激されるような内容(本来、ブルーバックスはそういうシリーズだと思うが)を期待するとガッカリだろう。しかし逆に言えば、子どもに関するちょっとした疑問に「科学的な」答えを求めている両親にはお勧めである。

 本書に並べられている疑問から、面白そうなものを独断でいくつか選んでみよう。

「粉ミルクで子どもを育ててもだいじょうぶって本当ですか?」
「二人目以降の子どもはアトピーになりにくいというのは本当ですか?」
「なぜうそをつくようになるのですか?」
「三歳までは母親が子育てをしないといけないって本当ですか?」
「早期教育用の教材は本当に効果があるのですか?」
「臨界期を過ぎてから習い事をはじめても効果がないって本当ですか?」

というところだろうか。
 そして、これらの疑問に対して「エビデンス・ベーストな」つまり「経験則や個人の思い込みではなく、科学的な」回答が用意されているのが本書の特徴である。そういう意味では、ブルーバックスに入っていてもおかしくないのだろう。

 子どもに関するちょっとした疑問に対して、客観的な答えを聞きたい人にはお薦めの一冊である。



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2011年10月29日土曜日

2011天皇賞(秋)  オレの予想を聞いてくれよ

 今週は天皇賞(秋)。古馬中長距離GI3連戦の開幕戦である。
 いま、JRAのCMではスペシャルウィークが勝ったときの映像が流れているが、私が「秋の天皇賞」と聞いてまず思い出すレースもこのレースである。
 前哨戦の京都大賞典で凡走し、調教でも動かず「もう終わったのでは」と人気を下げていたのだ。しかしレースでは、怒濤の追い込みで他馬をねじ伏せた。このシーンがCMで流れているわけだ。かっこよかったなあ。スポニチの井上泰さんがスペシャルウィークに自信の◎を打ち、ズバリ的中していたのも記憶に残るところである(珍しいからかも?)。

 今年は好メンバーが揃った。宝塚記念のメンバーに、ダークシャドウという新星が加わったという図式である。ヴィクトワールピサ、ヒルノダムール、ナカヤマフェスタがいなくてもこれだけのメンバーが揃うのだから、今の古馬陣の層は厚い。
 その層の厚いメンバーから◎に抜擢するのは、エイシンフラッシュ。前走の宝塚記念はアーネストリーブエナビスタに先着を許したが、府中の2000 mはこの馬の切れ味が最も生きそうな舞台だし、いい枠も引いた。内を豪快に突き抜けてもらいたい。
 相手本線はブエナビスタ。昨年のこのレースの映像がチラチラと流されているが、それを見る度に「ブエナビスタ、強いなあ…」とつぶやいてしまう。後ろを確認してから追い出すなど、GIではなかなか見られるシーンではない。つかないだろうが、4-5は厚めに押さえる。
 推奨穴馬はトーセンジョーダン。宝塚記念は一頓挫明けだったし度外視できる。今やこのレースの主要ステップレースとも言える札幌記念の勝ち馬の評価が低すぎないか。

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書評 宮部みゆき『レベル7』(新潮文庫)

 久々に読んだ宮部小説。うーん、やはり面白い。
 頭の芯が痺れるようなドンヨリした雰囲気の中で、ワクワク・ゾクゾクするストーリーが展開される。宮部さんの著作の中で、後の『理由』や『模倣犯』につながる位置づけの本なのだろうか。

 「記憶を失った男女」と、「失踪した女子高生を追う女性」という、二つの視点から話は進んでいく。ある日、起きたらすっかり記憶を失っていた男女。いったい自分たちは誰なのか、なぜこんなところにいるのか。そこへ一人の男が現れ、協力者となる。
 もう一方は、女子高生と仲良くなったある女性。なかなか他人にうち解けられない美人女子高生と電話相談室を通じて心を通わせたのだが、その女子高生が失踪。警察はアテにならないと、自ら捜索に乗り出す。
 そして、この二つのレールが重なるとき、すべての謎が明らかに…というストーリー。

 以上のようにあらすじだけ書くと、「記憶喪失」「怪しげな協力者」「謎の失踪」「それを追う素人」と、ありがちなテーマが並んでおり
「お約束な感じやなあ」
という印象を持つかもしれない。しかし、このお約束なテーマも、宮部さんにかかれば、ドキドキ、ワクワク、スリル満点のストーリーになってしまうのだ。このドキドキ、ワクワク感を味わいたい方は、ぜひ本書を読んでいただきたい。現在の日本を代表するストーリーテラーという評価も納得であろう。



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2011年10月28日金曜日

2011スワンステークス  オレの予想を聞いてくれよ

 土曜の京都メインはスワンステークス。マイルCSの主要ステップレースだったのだが、近年は天皇賞組や安田記念からの直行組に押され気味だ。京都大賞典のときにも感じたことだが、このところ、古馬GI戦線の前哨戦にあたる別定GIIのレベルが落ちてきているようだ。ローテーションの多様化、調教技術の進歩、海外遠征などさまざまな要因があるのだろうが、ちょっと寂しい気もする。

 そういう事情もあってか、近年、このレースは非常に荒れている。ここ5年、1番人気と2番人気は連対ゼロ。荒れ放題、食べ放題(意味不明)と言っていい状態である。

 今年もその流れが続くと見た。◎はエアラフォン。このレース、前走で人気を裏切った馬が人気を下げて穴を開けるというパターンが何度か見られる。前走の京成杯こそ1番人気を裏切ったものの、それまでは非常に堅実なレースを続けてきた馬だ。内枠有利の今の京都でいい枠も引いたし、ズバッと突き抜けてもらいたい。
 推奨穴馬は、オセアニアボス。今年の夏から調子が上がってきている。一発があるかも。

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2011年10月27日木曜日

2011ドラフト会議雑感

 私は関西に住んでいるが、巨人ファンである。一巨人ファンとしては菅野君が入団できず残念だ。
 しかし、今回の日本ハムの菅野1位指名には大賛辞を送りたい。いくら密着マークして、関係者を取り込み、1年前から1位指名を表明しても、また監督の甥っ子だからといっても、逆指名制がない以上、入団が保証されるわけではない。他球団がドラフトで指名するのは自由なのだ。
 1位で指名した選手に逃げられるリスクを承知で、巨人の囲い込み作戦に敢然と立ち向かった勇気を讃えたい。

 菅野君も、この勇気に免じて日ハムに入団してはどうだろうか(まったく大きなお世話だろうが)。ダルビッシュ、中田翔を初め、陽岱鋼、祐ちゃんなど、自前の選手の育成には実績がある。栗山新監督の手腕は不明だが、悪い球団ではないと思う。
 巨人には、FAで行けばいいやんか。札幌にはススキノもあるし、いいところやで。

2011年10月25日火曜日

パルケエスパーニャに行ってきた

 もう1カ月ほど前になるのだが、娘(もうすぐ4歳)と息子(1歳半)をつれて、パルケエスパーニャに行ってきた。子どもたちはもちろん、私も妻も、初めての訪問だった。

 車で約3時間。新名神ができたお陰で、ずいぶんと近くなった。息子が車中でグズったが、何とか到着。思ったほど混んでおらず、スムーズに場内へ。混んでいないという時点で、大幅ポイントアップだ(混雑や行列待ちは苦手です)。


 まずは娘が楽しみにしていたメリーゴーラウンド。娘は大喜びだ。


 いくつか乗り物に乗った後は昼食。しかし、正直なところイマイチだった。冷たいカレーを久々に食べた気がする。レストランは改善を望みたい。昼食後しばらくすると、パレードが始まった。


さすがエスパーニャ(スペイン)、陽気である。あまりの陽気さに娘は少しビビり気味…。



 パレードの後はもう一つ乗り物に乗り、最後はショーを見て撤収した。
 絶叫系はほとんどないが、幼児でも楽しめる乗り物やショーがたくさんあり、就学前の子どもを連れて行くには非常によいところだった。そういう年頃のお子さんをお持ちの方にはぜひお勧めである。

 そして、宿泊はアクアヴィラ伊勢志摩。昔は他のホテルだったのを、近鉄が買い取って改装したようだ。内装はまだ新しく、気持ちよかった。大浴場も清潔で、泡風呂や露天風呂もあり、息子と二人で思わず長風呂をしてしまった。
 さらに、夕食のバイキングは嬉しいサプライズだった。
「どうせバイキングやろ」
とあまり期待をしていなかったのだが、さすが伊勢志摩の海の幸。刺身や寿司の海鮮系が新鮮で、家族一同大満足。大阪の名の通ったホテルの立食パーティーよりも、よほど美味しかった。
 泊まったのは、本館とは少し離れたところにあるコテージ。これがまたよかった。2階が和室になっており、ここに布団を敷いて寝た。幼児連れの旅行は和室が便利だよね。


その和室で、ゴロゴロごっこ。


そして、2階から覗くこどもたち。お前ら、座敷童かっ。


 翌日は、ホテルのプールで楽しんだ。「たかっ」と思ったが、いざ行ってみて納得。ジャグジーやすべり台など、いろいろなプールがあり、値段分の価値はある。
 プールを終え、ホテルを後に。昼食をとった後、伊勢神宮にちょっと寄ったのだが、伊勢神宮はパルケエスパーニャよりもよほど混んでいた。人気スポットなんやなあ。
「ちょっと寄ってこか」
という人にはお勧めできない。行くなら、腰を据えて行くほうがよいだろう。

 パルケエスパーニャ、ホテルとも想像以上で、家族みんなとても楽しい旅行となった。娘は
「またパルケエスパーニャに行って、大きいお風呂に入って、コテジン(コテージのこと)に泊まりたいなあ」
といまだに言っている。私も妻も、同じところに何度も旅行に行くのは好みではないのだが、ここはもう一度行ってもいいかなあと思っている。

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2011年10月23日日曜日

2011菊花賞、富士S  予想の回顧

 土曜は富士S。私は7枠を軸に馬連で勝負した(結果的には、1番人気と3番人気が同居した枠となった。もう少し人気はないと思っていたのだが)。
 7枠の1頭ゴールスキーは、下がハミを越し、折り合いに苦労している模様。案の定、直線では伸びを欠いた。しかし、もう1頭のエイシンアポロンは、いい手応えで直線を向くと、外をしぶとく伸びて見事に1着。ところが、2着のアプリコットフィズ(4枠)を押さえておらず、馬券はハズレ…。

 そして日曜は菊花賞。◎ウインバリアシオンは、何と最後方からの競馬。てっきりオルフェーヴルを見るような位置取りで競馬をすると思っていたのでビックリしたが、アンカツ騎手は何か思うところがあったのだろうか。直線では馬場の真ん中に持ち出し、縫うように馬群を抜けてきたのだが、オルフェーヴルには届かず、2着まで。負けはしたが、納得の騎乗といったところだろうか。
 わざわざ書くまでもないだろうが、勝ったオルフェーヴルは強かった。少しかかり気味に見えたので「お、チャンスはあるかも」と思ったのだが、まったく問題なかった。直線入り口で早くも先頭に立ち、堂々と押し切った。お見事。
 馬券は、馬連がちょびっと的中。投資資金を回収したにとどまった。

 土日とも、軸馬が連対。日曜は馬券も獲り、好調維持ということにして、来週の天皇賞に向かいたい(反省せんのか)。

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2011年10月22日土曜日

2011菊花賞  オレの予想を聞いてくれよ

 今週はいよいよ菊花賞。京都が誇る長距離クラシックレース。大好きなレースの一つだ。
 「最も強い馬が勝つ」と言われるこのレースだが、近年は荒れ気味だ。昨年も1着は7番人気のビッグウィーク、2着こそ1番人気ローズキングダムだったものの、3着は大穴ビートブラック
 実は、私はこのレースをビートブラックから買っており、ビッグウィークとの馬連も押さえていた。最後の直線でこの2頭が抜け出した。このまま決まれば大万馬券だ。
「そのまま~!!」
と大きな声が出そうなものだが、私の場合、こういうときは逆に声が出なかった。
「ウグ…」
と息を詰めた状態になっていたと思う。最後はローズキングダムが突っ込んできてクビ差でビートブラックをかわし、2着に。ガクーっと体の力が抜けたのを覚えている。
 しかし、いくら惜しくてもハズレはハズレ。今年はリベンジを果たしたい。

 今年の注目はもちろんオルフェーヴル。三冠達成となるのだろうか。
 私もこの馬の力が抜けていると思う。しかし、先述したように近年荒れ気味であることに加え、この馬は折り合いにやや不安がある。ピタリと折り合えば圧勝の可能性が高いが、競走馬というのはギリギリに仕上げられて絶好調のときは、かかりやすくなると聞く。まさに今のオルフェーヴルがそういう状態ではなかろうか。大本命馬が折り合いを欠くことに期待するという、ある意味消極的な予想だが、ここは別の馬から入りたい。
 ◎はウインバリアシオン。ダービー、神戸新聞杯ともにオルフェーヴルの2着だが、内容的には完敗。とはいえ3着馬は引き離しており、この馬もかなりの能力を持っている。三冠を阻止するならこの馬だろう。
 しかし、オルフェーヴルが普通に折り合えば、やはり強いと思う。面白くも何ともない予想だが、13-14の馬券は押さえておかざるを得ない。
 推奨穴馬はダノンマックイン。昨年のビートブラックと似た雰囲気を感じる。

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書評 東野圭吾『宿命』(講談社文庫)

 東野さんの初期の作品。
 「そういえば、かなり以前に妻が買ってきた本書をまだ読んでいなかったなあ」と思って読み始めると…すでに読んだことがあった。記憶力が落ちてますなあ…。さらに恐ろしいことに、読み進めていっても、トリックや動機はおろか犯人さえ覚えていない。私の脳みそも、作られてからもうすぐ40年。かなり劣化が進んでいるようだ。トホホ。
 しかし、ここは前向きに、一冊で二度楽しめたということにしておきたい。

 それでは書評に移ろう。
 ひと言でいうなら、とてもよくできた小説。東野さんに対して「よくできた」なんて偉そうな感じもするが、よくできた小説なのだから仕方がない。

 まずプロローグで、昔の話が語られる。病院で一人の女性が死亡。自殺ということで処理されるのだが、どうも怪しい。
 そして話は現在へ。
 ある会社の新社長が毒矢で殺害される。容疑者はその当日に前社長の家に集まっていた面々。すなわち、前社長の親族、そして会社の重役連中だ。しかし、みなアリバイがある。犯人はどのようなトリックで殺害したのか、そしてその動機は。
 さらに、物語ではもう一つの謎が並行して語られる。それこそが、プロローグで出てくる病院にかかわる話だ。その昔、病院では何が行われていたのか、女性の死は本当に自殺だったのか、ヒロイン役の女性の「糸」の正体は…。これらの謎が新社長殺しとも絡み合い、スリリングに話は展開する。
 そして、新社長殺人事件の謎が解け、一件落着…とはいかない。もう一つの謎はどうなっているのか。最後はそちらの謎も解明され、すべてのパズルがカチッとはまる。ラストシーンでは、タイトルの「宿命」の意味も明らかになり「おお、なるほど」というわけだ。
 すべてが収まるところに収まり、非常にスッキリした読後感を味わえた。

 高校のときにやむを得ず別れた初恋の女性と突然巡り会えば、心が騒ぐだろうなあ。私にはそういう相手はいないので、無用な心配なのですが…。



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2011年10月21日金曜日

2011富士ステークス  オレの予想を聞いてくれよ

 土曜は東でのみ重賞があるので、その予想をエントリーしておく。
 土曜の東京メインは富士ステークス。昔は「外国招待馬や地方馬が出てくるオープン特別」だった。今では考えられない、不思議な位置づけのレースだったのだ。

 調べてみると、設立当初はジャパンカップに招待された馬のステップレースだったらしい(その時代、まだ私は競馬をしていなかった)。その後、ジャパンカップと同じ週に行われるようになったが、ジャパンカップ招待馬の帯同馬が出走できるようにと、国際競争のまま据え置きにされたそうだ。しかし、外国馬や地方馬が勝負に絡むことはほとんどなく、この頃から競馬をしはじめた私は「何かヘンなレースやなあ…」と思っていた。
 今では日本でも国際レースが珍しくなくなり、富士Sも「ヘンなオープン特別」から、「マイルCSの前哨戦」へと、いつの間にか出世(?)した。
 しかし、JRAの思惑とは裏腹に、ここをステップにマイルCSを制した馬はまだ1頭(トウカイポイント)しかいないらしい。近年は天皇賞をステップにした馬が圧倒的に強いもんなあ…。

 今年もそれっぽい馬が揃った。ここを勝てば本番(マイルCS)で穴人気になりそうなレベルの馬が顔を揃えた印象だ。さて、穴人気の権利を手に入れるのはどの馬か(そんな権利いらんわ)。
 このレース、本命候補に考えていた馬が同枠に入った。7枠、エイシンアポロンゴールスキーである。エイシンは長期休み明けの前走で好走。実力馬の復活を印象づけた。GII(京王杯2歳S)の勝ち馬で、重賞で2着すること4回(そのうち1回は朝日杯GI)。これだけの実績馬が56 kgで走れるのだから狙わない手はないだろう。もう1頭のゴールスキーは、ムラ駆けだが昨年のマイルCS3着馬。走る気さえ出せば圧勝もあるか。というわけで、このレースは枠連で勝負する。
 推奨穴馬はブリッツェン。休み明けで人気を下げているようだが、鉄砲は得意。あれよあれよの逃げ切りがあるかも。

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2011年10月20日木曜日

書評 長谷川英祐『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)

 ハチやアリに代表される「真社会性生物」の興味深い生態が分かりやすく書かれた本。
 働きバチや軍隊アリなどの子供を産まない階層をもつ生物を「真社会性生物」というそうだ。働きバチや軍隊アリは子供を産まないということは、多くの人がご存じだろう。
 しかし「子供を産まない」という性質が、なぜ遺伝するのだろうか。親は子どもを産むから親なのであって、子どもを産まない親はいない。でも、働きバチや軍隊アリにも親はいる。子どもを産む親から、子どもを産まない子が生まれるのは、進化論としては大きな矛盾なのだ。

 この謎に代表されるように、真社会性生物は、進化を研究するうえで非常に興味深い対象である。他にも、本書の表題である「一生働かない働きアリはなぜいるのか」という謎や、「指揮系統がなくても組織がうまくいく理由」、「滅私奉公、すなわち自分を犠牲にしても他人(社会)を救うという性質が遺伝する理由」など、さまざまな面白い謎が解き明かされている。

 私は第5章の後半に出てくる、一つ一つの細胞を個体に、それら細胞が構成する動物を一つの社会と見立て、そこへ真社会性生物の研究の知見を当てはめた説明が面白かった。最初は「何か無理がある説明やなあ」と思っていたのだが、読み進めていくうちに「なるほど」と思わせられていた。消化器、呼吸器、筋肉など、さまざまな器官が共同して一つの動物を構成していることが、実にうまく説明されている。

 ハチやアリなど、社会を作って生活するムシに興味のある人はもちろん、個と社会の関係や、社会がなぜあるのかなどに関心のある人は読む価値ありだ。新しい見方を得ることができるだろう。



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2011年10月18日火曜日

書評 吉田修一『悪人(上・下)』(朝日文庫)

 映画の評価が高かったので、いずれ読んでみようと思っていた本。そのような形で本書を読んだ人も多かったのではないだろうか。

 物語は一つの殺人を軸に進む。殺されるのは、あるOLなのだが、これが非常に気分の悪い女なのだ。
「殺されても仕方ないんじゃないの?」
という女の典型として描かれている。
 そして、容疑者として追われるのが、これまた「頼むから、はよ死んでくれ」と言いたくなるようなボンボン大学生。
 作者の吉田さんは、こういう「虫酸の走る」人物を描くのが非常にうまい。この二人の出てくる場面は、読んでいて気分が悪い。しかし、気分は悪いのだが、読むのをやめられない。どんどんストーリーに引き込まれていってしまう。

 OL殺しの犯人は話の半ばで明らかになる。とはいえ、これは本書の主題ではない。むしろ、物語はそこから始まる。後半は、犯人と一人の女の逃避行である。逃避行を続けるにつれ、愛を深める二人。しかし、いよいよ追い詰められラストは…というのがストーリーの概要である。

 本書の主題は、犯人やトリックを明らかにすることではない。では本書の主題とは何なのか。それが、タイトルそのまま「悪人」なのだ。
 ある意味単純ではあるが、陰惨な殺人事件。いったい誰が「悪い」のか。「悪人」は誰なのか。殺された女がバカだったのか、きっかけを作った男がアホだったのか、それともやはり法を犯して人を殺した男こそが悪人なのか。そういうことを読者に問いかけてくる小説である。

 文庫本のカバーの裏に書かれている(面白い手法やあな)、映画版の監督と原作者の対談や、裏表紙(表4と言われるところ)のキャッチを読むと「愛する者のためになら、人は立ち上がれる」と、いかにもこれが主題のように書かれているのだが、私にはこれはどうもピンと来なかった。逃避行を続ける二人の愛が、あまり深いとは感じられなかったのだ。
 みなさんは、どうお考えだろうか。



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2011年10月16日日曜日

秋華賞、デイリー杯  予想の回顧

 祝、土日連続ズバリ的中! 当ブログ始まって以来の快挙だ。

 土曜はデイリー杯。◎クラレントが直線、内をついて抜け出し、ダローネガとの叩き合いを制して見事に1着。この先が楽しみなレースっぷりだった。血統的にも距離延長は歓迎だろうし、来春へ向けて期待が高まる。2番人気-1番人気の決着だったため配当は安かったが、本線的中。競馬は、安くても当たってナンボである。

 日曜は秋華賞。こちらも◎アヴェンチュラが、道中3番手から4コーナーでバテた逃げ馬をかわして早くも先頭にたち、そのまま押し切る強い競馬で見事に1着。2着のキョウワジャンヌも(ちょびっと)押さえており、馬券もゲットした(馬連ですが)。

 というわけで、当ブログ初の土日連続的中を達成。土日の収支はマイナスだったのだが(なんでや…)、来週の菊花賞もこの勢いで的中させたい。

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2011年10月15日土曜日

2011秋華賞  オレの予想を聞いてくれよ

 日曜の京都メインは秋華賞。比較的新しいGIである…なんて言うと年がバレるなあ。
 設立当初は、ブゼンキャンドルが飛んでくるなど(忘れられん)「荒れるGIやなあ」というイメージだったのだが、ここ10年は、3年前を除き、1番人気または2番人気の馬が必ず連対しているように、むしろ堅いレースと言える。

 今年は桜花賞馬、オークス馬を差し置いて、ホエールキャプチャが1番人気となりそうだが、期待に応えられるかどうか。私も、前走のローズSで◎に推して見事期待に応えてくれただけに、今回も本命にしたい気持ちはあるのだが、このレース、1番人気の成績がいまいちよろしくない。ここ5年で見ると、1番人気に応えたのは昨年のアパパネのみ。2着に来た馬はいない。「来たらしゃーない」ということで、◎は別の馬に譲りたい。
 では他の馬は…となると、マルセリーナは小回り2000 mと大外枠が気になる。エリンコートもオークス時のデキにはないようだ。
 ◎はアヴェンチュラ。春は故障で棒に振ったが、夏の札幌で完全復活。準オープン、重賞を連覇してここに駒を進めてきた。2番人気の成績がよいレースということもあり、この馬から入りたい。
 推奨穴馬は、デルマドゥルガーカルマートの紫苑S組を挙げておく。紫苑Sだってトライアルなのに、あまりに評価が低すぎないか。デルマは渋った馬場もよさそうだ。もう1頭気になるのはマイネイサベル。5番人気だから穴馬というほどでもないが、厚めに押さえておきたい。

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2011デイリー杯2歳ステークス  オレの予想を聞いてくれよ

 今日は珍しく飲みに行っていたため、エントリーが遅くなった。楽しみにしている読者(いるのかなぁ?…)には申し訳なかった。

 土曜の京都メインはデイリー杯2歳S。2歳で最初に行われるGII戦だ(だよね)。ここ5年の勝ち馬には、キャプテントゥーレレーヴディソールなどのGI馬の名も見られる。今年も、来年につながるレースとなるのだろうか。

 このレース、私は1戦1勝の馬に注目している。というのも、大昔にファストタテヤマを本命に推して馬券を獲ったときの記憶が忘れられないためだ(自慢)。この時期の2歳戦は、力の比較も難しいし、あれこれ考えるよりも、まだ負けていない馬から入りたい。

 というわけで、◎はクラレント。前走の勝ちっぷりも鮮やかだったそうだし、距離延長も歓迎。血統的にも兄のリディルがこのレースの勝ち馬と、条件は揃っている。重馬場適性は不明だが、それは他馬も同じ。指し切りを期待したい。
 推奨穴馬も負けていない馬から、シンゼンレンジャーを推したい。前走は京都の1800 mで鮮やかに差しきった。前走の再現があるかも。

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2011年10月13日木曜日

書評 『修羅の刻 宮本武蔵編&寛永御前試合編(壱)』(プラチナコミックス)

 コンビニに寄ったときに目に入ったのが運の尽き。ついつい買っちまった。『修羅の門』が第弐門となって復活して、改めて「陸奥圓明流はやっぱええなあ。また修羅の門も読み返したいなあ」と思っていたところに、修羅の門の外伝である『修羅の刻』を見つけ、衝動買いをしてしまった。

 『修羅の門』とは1990年前後に人気を博した格闘マンガ。無敗を誇る陸奥圓明流という古武術の継承者である陸奥九十九が、さまざまなライバルたちと死闘を繰り広げるというストーリー。格闘マンガ好きの方にはぜひともお薦めしたい。
 その外伝が『修羅の刻』で、陸奥九十九以前の陸奥圓明流の継承者たちの活躍を描いたマンガだ。本書は、宮本武蔵と闘った陸奥と、柳生十兵衛と闘った陸奥の物語である。

 中学生のとき『修羅の門』を見つけ、それをきっかけに月刊マガジンを毎月買うようになったことを思い出す。
 虎砲や双龍脚はできるようになる気がしなかった(当たり前や)。「でも、菩薩掌ならできるようになるかも」と思って練習を重ねたが、習得できなかったなあ(当たり前や)。




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2011年10月11日火曜日

書評 小川洋子『ミーナの行進』中公文庫

 久しぶりに小川さんの小説を読んだ。

 本書は、ミュンヘンオリンピックの年(すなわち、私の生まれた年)に芦屋の豪邸に住む親戚に預けられることになった中1の少女と、その豪邸の娘である小6の少女の物語。帯に書いてある

懐かしさといとおしさが胸にせまる

という一文が本書の内容をよく表していると思う。

 私は小川さんよりもちょうど10歳年下であり、物語中の少女たちと同世代とは言えないのだが、1970年代の雰囲気を感じ、懐かしいなあと思いつつ読み進めた。1960年前後の生まれの方なら、さらに懐かしいと感じるだろう。

 ストーリーとしては、これといった起承転結があるわけでもなく、ある意味淡々と流れていく。しかし、それぞれのエピソードが、それぞれに心暖まる話なのだ。このあたりのほのぼのとした暖かさと、その隣にある寂寥感の相乗効果が、小川さんの作品の特徴だと思う。
 しかも、それらのエピソードが独立しているわけではないところが、またニクい。本書でも、ミュンヘンオリンピックの男子バレーチーム、テロ事件、ジャコビニ彗星などの史実にまつわるエピソードと、カバ、ミーナの父と兄、ローザおばあさんなどの架空の登場人物のエピソードが絶妙に絡み合い、物語に重層感を与えている。
 関西在住の私にとっては、舞台が関西というのも親近感が持てる。とはいえ、芦屋の高級住宅街と私には何の接点もないのですが…。



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2011年10月10日月曜日

南部杯、京都大賞典、オパールS  予想の回顧

 今週の変則3日間開催の馬券成績は、散々だった…。

 土曜はオパールS。◎キョウワマグナムは痛恨の出負け。最後は詰めてきているだけに、何とも悔やまれるスタートとなってしまった。競馬に出遅れは付き物とはいえ、◎が出遅れるとヘコむなあ。それにしても、勝ったアポロフェニックスには驚いた。こりゃ獲れん。

 日曜は京都大賞典。◎ローズキングダムが1着、相手のオウケンブルースリビートブラックが2、3着を占め、人気通りとはいえ気持ちよく的中。3連単を買う資金がなかったのが悔やまれる。

 日曜の勢いのままに月曜の南部杯も…とは問屋がおろさなかった、◎トランセンドこそ驚異の粘り腰で見事優勝したものの(すごい勝負根性やったな)、相手のエスポワールシチーが直線半ばで力尽き、4着。松岡騎手がちょっと強気に乗りすぎたか。乗り慣れた哲ちゃんでなかったのが仇となったかもしれない。

 馬券こそ低調だったものの、3レース中2レースで◎が1着(両方とも抜けた1番人気ですが…)。調子はよいということにして、来週の秋華賞へ向かいたい(反省せんのか)。

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ピエリ守山のゴーカイジャーショーに行ってきた

 梨狩りの後、昼ご飯を食べようとピエリへ行ったところ、12時からゴーカイジャーショーが始まるとのこと。娘も息子も特に好きなわけではないのであが、タイミングもよかったので見ることにした。ゴーカイジャーショーがこれだけ空いている環境で見られるのは、全国広しと言えどもピエリくらいのものではないだろうか。


 お姉さんの前振り(来賓挨拶並みに長い…)がようやく終わり、ショーが開始。こんな敵キャラでした。

ストーリーはイマイチ面白くなく、娘(もうすぐ4歳)はほとんど分からなかったようだ。「ナンセンス」とか連呼されても、子どもには意味が分からんよなあ。
 今回初めて知ったのだが、最近はイエローも女性らしい。私としては、イエローと言えばキレンジャーの印象が強いので女性というのは違和感があるが、うるさい女性団体が「女性一人はおかしい」とクレームでもつけたのだろうか。
 最後は写真撮影をして終了。ピンクの前にいるのが娘と息子(と私)である。娘は「ピンクでよかった~」とご満悦だった。撮っている間は気づかなかったのだが、グリーンはなかなかサービス旺盛ですな。


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2011年10月9日日曜日

2011マイルCS南部杯  オレの予想を聞いてくれよ

2011マイルCS南部杯  オレの予想を聞いてくれよ

 今週は変則開催で、月曜は東京のみの開催。岩手競馬の代替として行われるというめったにない機会を楽しみたい。こういうことでもなければ南部杯の馬券を買うこともないだろう。それにしても、競馬ブックがいつもの半分のページ数なのに同じ値段とはガッカリだった…。

 府中のダート1600 mといえば、フェブラリーSと同じ舞台設定。ということで、ここは昨年のフェブラリーSの覇者と今年の覇者の一騎打ちと見る。面白くも何ともない予想だが、トランセンドエスポワールシチーで仕方なかろう。
 ◎はトランセンドとする。トランセンドは、エスポワールシチーが海外遠征をしている間に、JCDとフェブラリーSを制して日本のダートナンバーワンホースの座を奪取し、その勢いのままにドバイで激走した。AW(オールウェザー)コースは、日本の馬ならダート馬よりも芝馬向きと思っていただけに、この激走は正直予想外だった。この馬、芝でも相当に走るのではないだろうか。それはさておき、あのドバイでの走りを見れば、ここは通過点だろう。来年のドバイへ向けて、強さを見せつけてほしい。
 もう一頭のエスポワールシチーは、今春の成績がいまいち冴えないが、海外旅行(ブリーダーズカップ)帰りで体調もイマイチだったのだろう。夏休みをとってリフレッシュした今なら、往年の走りを見せてくれるはず。よほどガンガンやり合わない限り、この2頭で決まると見た。
 一応、推奨穴馬を挙げておくと、バーディバーディシルクフォーチュン。アッと言わせるシーンがあるなら、速い上がりを使える馬か。

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梨狩りに行ってきた

 3連休だ! でも、何も予定がない…。ということで、急遽なし狩りに行ってきた。家から車で15分も走れば梨園があるのだ。
 娘や息子はもちろん、私も妻もなし狩りは初体験だった。驚いたことに、梨はハサミで収穫するのではなく、手で実を持ち上げると「ポロン」と取れるのだ。
 で、娘と息子も梨狩りに挑戦。こんな感じ。



 梨は幸水、二十世紀、新高(にいたか)の3種類。私と娘は、新高が気にいった。個人でやっておられる小さな梨園で、料金は大人一人1000円。食べ放題だが、持ち帰りはビニール一袋(7~8個)で1000円。合計3000円分の価値は十分にあったと思う。お近くの方はぜひどうぞ。

谷守穂農園
守山市幸津川町1338(守山フルーツランド内)
TEL&FAX:077-585-2065

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2011年10月8日土曜日

2011京都大賞典  オレの予想を聞いてくれよ

 今週の京都メインは京都大賞典。最も格の高いGIIレースの一つと言ってよいだろう。メジロマックイーンテイエムオペラオーなど、その時代のナンバーワンホースが7割の仕上げで出てきて楽勝するレース、というイメージだ。メジロマックイーンは、後ろ向きに走っても勝つんじゃないかと思うほどのレースっぷりだったよなあ。
 昔話はこれくらいにしておこう。

 ところが、ここ数年は少しレースの傾向が変わってきている。過去5年で3着以内に入った馬を見ると、このレースをステップにGIを勝った馬はゼロ。このあとにGIで連対した馬もオウケンブルースリアドマイヤモナークだけ(だと思う)。さらに、1番人気は2着が2回と低調。春の阪神大賞典と同様、どうもトップクラスの馬の参戦が減ってきているようだ。非常に寂しいが、これも時代の流れなのだろうか。
 原因はいろいろあるのだろうが、一つは海外遠征だろう。今年がまさに典型的だが、ナカヤマフェスタ、ヒルノダムール、ヴィクトワールピサ(結局出られなかったが)と、3頭もの一線級ホースが、海外遠征のためGI前哨戦には出てこない。もう一つの原因は、ローテーションの変化だろう。札幌記念を使って、少し間隔を開けて(疲れを取っているのだろうか)からGI3連戦に臨むというパターンや、天皇賞にぶっつけで使ってGI3連戦を戦う馬(今年で言うならブエナビスタ)というパターンをとる陣営が増えているように思う。
 原因はどうであれ、京都大賞典(と毎日王冠)のレベルが下がってきているのは事実なのだろう。寂しいなあ。

 そして、今年もその傾向が続いている。半数の4頭がGI馬とはいえ、今秋のGI戦線で主役級を張れそうなのは、ローズキングダムのみ。しかも、そのローズキングダムにしても今年は4戦して連対すらなく、「主役級」という看板が外れかけている。
 といいつつ、◎はローズキングダム。「なんでやねん」というところだが、(天皇賞馬や菊花賞馬に失礼だが)この相手なら59 kgでもローズキングダムを推さざるをえない。少頭数でもあるし、格好はつけてくれるだろう。
 相手は、高齢馬の休み明けということでジャガーメイルマイネルキッツは軽視し、オウケンブルースリビートブラックを厚めに押さえたい。
 推奨穴馬は、秋冬に走る印象がある超良血馬フォゲッタブルと、展開利が見込めるネコパンチ。え、ネコパンチは現在4番人気ですか。穴馬じゃないやん…。

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2011年10月7日金曜日

2011オパールステークス オレの予想を聞いてくれよ

 いよいよ京都開催がスタート。秋ですなあ。このように、競馬の番組で季節を感じるようになってくると末期症状である。みなさんくれぐれもご注意願いたい。

 開幕日のメインレースはオパールS。もっと長い距離のレースじゃなかったかと思って見てみると、案の定、1200 mになったのは昨年から。その昨年は、不良馬場で大荒れという結果だった。さて、今年はいかに。

 京都の1200 mは、内枠が有利である。さらに、開幕週のパンパン馬場。これは、内枠の先行馬を狙うしかないだろう。というわけで、◎はキョウワマグナム。現在2連勝中、芝の1200 mは5戦5勝の馬である。いい枠を引いたし先行力もある。前々からの押し切りを期待したい。競馬ブックでは、単勝6.2倍の4番人気という想定になっているが、もっと人気するんじゃないだろうか。

 推奨穴馬は、最内枠のセブンシークィーンと、4枠のモルトグランデエーブダッチマンの両頭。先行力のある馬を狙いたい。

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2011年10月6日木曜日

意外に知られていないサンマの生態  謎の多いその一生 その2

 非常に身近なサンマだが、その生態は意外に知られていない。つい最近までは、何年くらい生きるのかや、どこで産卵するのかなどの基本的なこともわかっていなかった。また、養殖もいまだに成功しておらず(これは、そもそも養殖する必要がないということもあるのかもしれないが)、なんと、1年以上飼育に成功した水族館も、つい最近まではなかったそうである。近年になって、福島県の「アクアマリンふくしま」という水族館が、はじめて展示に成功した。その苦労の様子を知りたい方は、次のサイトをご覧いただきたい。

http://www.marine.fks.ed.jp/scie_02.html

 こうした研究の成果により、次のようなことがわかってきた。
 まず、サンマの寿命だが、通常は1年でその生を終え、長くても2年で死んでしまうらしい。あれだけの大きさになるのだから、3~5年は生きるのかと思っていたが、意外である。専門家も、ずっとそのように考えていたらしいが、ハズレだったわけだ。
 引き続き、簡単にその一生を追ってみよう。産卵時期については、冬季がおもな産卵期だと考えられていたのだが、産卵はほぼ一年中行われていることもわかってきた。私もそれほど魚博士なわけではないが、年中卵を産む魚というのは聞いたことがない。他にもいるのだろうか。ともかく、これも従来の予想はハズレである。
 次に産卵場であるが、西日本沖の黒潮の流域だとずっと考えられていた。しかし、もっと北の冷たい海でも産卵は行われており、遠いところでは、アメリカの西海岸でも産卵が確認された。サンマというと、東北地方~北海道の太平洋側に生息する魚というイメージだが、太平洋中に生息しているというわけだ。けっこうグローバルな魚なんですな。しかも、あちこちで卵を産んでいる。こういったことも、漁獲量が減らない理由なのだろう。
 日本周辺で卵からかえった稚魚は、春になるとプランクトンを求めて北上し、北海道東部に集合する。ここでエネルギーを蓄え、夏になると産卵のために南下する。この、南下してくるサンマを捕まえて、われわれは食べているわけだ。脂がのって美味しいのは産卵前のサンマであり、産卵後は脂が抜けて美味しくなくなる。だから、東北や北海道で獲れたサンマが美味しいのだ。和歌山や四国でもサンマは捕れるのだが、産卵後で美味しくなくあまり食べられない。ただ、昔は紀伊(今の和歌山県)がサンマの本場であり、いまでもサンマ寿司は名物である。当時は紀伊まで脂ののったサンマが下りてきていたのか、それとも昔から脂の抜けたサンマで寿司を作っていたのか、いったいどっちなのだろう。また、一部のサンマは、太平洋側ではなく、日本海側を南下する。日本海産のサンマを食べたことはないが、美味しいのだろうか。一度、食べてみたいものだ。
 そして、この南下の最中に卵を産み、サンマはその一生を終える。

 調べれば調べるほど、従来考えられていたこととは違う結果が判明するサンマ。その身近さからくる「普通の魚」というイメージとは違い、けっこう謎の多い魚である。これからも、われわれを驚かせるような発見があることを期待したい。

意外に知られていないサンマの生態  謎の多いその一生 その1

 今年もその季節がやってきた。タイトルからおわかりの通り、サンマの季節到来である。一匹がだいたい150円程度となったこの時期、わが家では今季初サンマが登場したが、まだ脂のノリがもう一つでアッサリしすぎており、正直、物足りなかった。だが、もう一週間もすれば、うまみたっぷりのサンマが食べられるだろう。今から楽しみだ。
 今は、わが家の女王様が「魚は骨が…」とか「魚ばかり食べると水銀が…」などとおっしゃるので食べる回数は減ったが、しかしこの時期になると、週に一回はサンマが食卓に登場する(させている)。これでも、平均かそれ以上は食べていると思うのだが、結婚前の一人暮らし時代は、サンマは私の主食であった。多いときには、週に3~4回は塩焼きを食べ、さらに、自らさばいて刺身を食べたりしていた。私の体のタンパク質の80%は、サンマに由来するものであったといっても過言ではないだろう。

 マグロはもう食べられなくなるんじゃないかとか、イワシの価格が高騰しているとか、魚好きにとっては暗い話題の多い中にあって、サンマは実に優等生である。ここ15年ほどのサンマの漁獲量は、1998年と1999年にやや減少したものの、それ以外の年は安定して20万トン以上をキープしている。そんなサンマには「大衆魚キング」の称号を授与することにしたい。刺身でよし、寿司でよし、焼いてよし、揚げてよし、干してよし、和食にも洋食にもよし、まさにスーパー大衆魚である。

 そんなサンマだが、こんなにたくさん獲れて、こんなに身近であるにもかかわらず、その生態はあまりよくわかっていないらしいという噂を耳にした。つきあい始めてすでに2年もたつ彼女がいるのに、そういえば、出身地も、出身高校も、親の職業も、もちろん前の彼氏のことも、何も知らなかった、というのに匹敵する大事件ではないか! そこで私は、調査を開始した。
 次回に続く。

クーラーってステキ  ~クーラーの発明者は誰か その3~

 私は「気化熱をうまく使えばものを冷やすことが可能になるんじゃないか?」ということを思いつき、実用化した人をクーラーの発明者と認定したいと考えている。しかし、その冷却システムは、クーラー用ではなく、冷蔵庫用にまずは開発されたというのは前回に述べた。よって、冷蔵庫発明の歴史をたどっていけば、クーラー(のシステム)の発明者が分かるだろうと考えたのだが…、これが想定外(ちょっと古い)の結果だった。
 冷蔵庫の歴史にも「家庭用の冷蔵庫第1号」とか「氷を大量に製造することに成功」など、いろいろな節目がある。次のサイトに詳しい年表が掲載されているので、その努力に敬意を表したうえで、是非ご覧いただきたい。インターネットというのは、本当に便利だ。

冷蔵庫の歴史年表

 そのうちの、1860年のファーディナント-キャリヤ(Ferdinand Carre、フランス人)による、アンモニアを利用した冷蔵庫の特許をもって、冷蔵庫の発明とすることが多いようだ(ただ、この発明は「吸収型」の冷蔵庫であり、第1回で引用した「ののちゃん」で説明されたシステムは「圧縮型」であることを補足しておく。そのあたりをさらに詳しく知りたい方は、上記の「冷蔵庫の歴史年表」からリンクをたどっていっていただきたい)
 しかし私は、彼ではなく、もっと根本となる原理を考え出した人、すなわち気化熱を利用しようと思いついた人をクーラーの発明者と認定し、「あなたはステキで賞」を授与したいのだが、上記の年表からも分かるように、気化熱を利用する冷却システムというのは、むかーしから考えられていたことのようだ。古代ローマで、奴隷たちに扇がせて水を気化させ、その気化熱で食物を冷やしていたという記録も残っているらしい。そんなに普通に考えつくことなのかなあ…。
 私としては、「気化熱を利用したらいけるぞ」ということを考え出した瞬間のドラマがあってほしかったのだが、どうもそういう話はないか、あってもまったく伝わっていないようだ。残念な結果に終わってしまったが、「あなたはステキで賞」は今回は受賞者なしとしたい。

クーラーってステキ  ~クーラーの発明者は誰か その2~

 さて、前回の最後に宣言したように、誰がクーラーを発明したのか調べてみた。前回のエントリーを書き終えた時点で、いわゆるクーラーの発明者は「この人」と特定できるようなものではなく、気化熱を使った冷却器を考え出した人がそれに該当するのだろうと予測していた。そして、その冷却器はエアーコンディショナー(いわゆるクーラー)としてではなく、冷蔵庫として最初は開発されたのだろうとも考えていた。
 結果を述べると、最初は冷蔵庫として開発されたという考えは当たっていた。しかし該当者に関する予想は、はずれたというか、当たってはいたけど思っていたのとは違ったというか…。本命馬は来たのに相手が抜けていたというような、脱力感の漂う結果であった。

 クーラーの発明という線で調べていくと、予想通り、最初の業務用エアコンとか、現在のシステムに近いものを初めて量産化したのがどの会社だとか、そういうものしか出てこない。さらに予想通り、冷蔵庫の存在がちらほらと見え隠れする。クーラーに使われている冷却システムは、やはり、もともとは冷蔵庫用に開発されたもののようだ。これは、クーラーよりも冷蔵庫のほうが重要だったとか需要があったとかいうことではなく、たんに必要とされるパワーの問題だろう。電気代からも明らかなように、冷蔵庫よりもクーラーのほうがたくさんのパワーを必要とする。したがって、まずは冷蔵庫から実用化されたということだろうと思われる。
 ここまでは予想通りの展開だった。第3コーナーまでは思った通りに来ている。あとは本命馬が抜け出してくるのを待つだけだったのだが…。

 ここからは、話を冷蔵庫の発明に切り替えることにする。クーラーに使われている、気化熱を利用した冷却器の開発の歴史は、すなわち冷蔵庫開発の歴史といえるからである。
 というわけで、しつこく次回に続く。

クーラーってステキ  ~誰が発明したんだろう その1~

 いやあ、暑い。いよいよ夏本番という感じである。そんなときに、なんと会社のクーラーがダウンした。もう、地獄だ。地獄の沙汰もカネ次第というが、この地獄はカネでは解決できそうもない。当然、仕事もまったく進まないが、まあ仕方ないだろう(じゃあ、クーラーがあればバッチリはかどるのかというツッコミは却下する)。当社のクーラーの室外機は熱を放出しにくい場所に設置されており、熱をため込んで、ダウンしてしまったのだ。
 その後、室外機の環境が改善され、社内に平和が帰ってきた。ああ、ここは北極か、それとも南極か。クーラーってステキ。いったい誰が考え出したのだろう。クーラーの発明者はノーベル賞を受賞していないのだろうか。もし受賞していないのなら、代わりに私が「あなたはステキで賞」を授与することにしたい。
 ところでみなさんは、クーラーがどのような仕組みで冷たい空気を出すのかご存じだろうか。基本原理はそれほど複雑ではないのだが、非常によくできたシステムである。それでは、解説していこう…といきたいところなのだが、この説明は図があるほうが圧倒的にわかりやすい。しかし、私にはそういう図を作るアプリケーションも時間もスキルもない。
 ということで、次のサイトをご覧いただきたい。「ののちゃん」がわかりやすく説明してくれる。いや、説明しているのは藤原先生か。まあ、とにかく見てください。

ののちゃんのDO科学 クーラーはなぜ冷(ひ)えるの?

 このサイトの説明にもあるように、冷蔵庫も同じ仕組みで食べ物やビールを冷やしている。しかし、暖房に対して、冷房はなぜこのような大がかりなシステムを必要とするのだろうか。暖房の仕組みは、いたって簡単である。燃やせばよいのだ。燃やせば暖まる。太古の昔から、人類が利用してきた反応だ。
 ところが、冷房はそうはいかない。何かの操作をして「冷やす」というのは、一段階では無理である。ものを燃やせば(燃焼熱)熱くなる、ものを擦れば(摩擦熱)暖まる、のと同じように、何かをすれば「冷える」というわけにはいかない。違ういい方をすると、「熱」は運べるが「冷」は運べないのだ。私はこれがかなり不思議で、理屈としては何となくわかるのだが、直観的にスッと落ちてこない。この「冷」を運べない理屈については、なるほどと思える説明ができるようになれば、解説を試みたい。
 私が直観的に理解できるかどうかとは関係なく、どうも事実として、「冷」は運べないようだ。だから冷房は、気体を圧縮して液体にし、それを再び気体にするときの気化熱を利用して空気を冷やすという、多段階のシステムにならざるを得ないわけだ。そのため室外機が必要であり、そこでは熱が発生し、それをため込んだ当社のクーラーはダウンしたということである。冷やすためには、まず熱を発生させなければならないという、何とも矛盾したというか、むなしいというか、納得のいかない構造ではなかろうか。私が、「冷」が運べないことに何となくしっくりこないのも、ここに原点がある。
 しかし、クーラーを発明した人は偉い。もしクーラーがなければ、地球温暖化に伴って、暑いところはますます人が住めなくなり、土地争い、すなわち戦争が起こるだろう。ノーベル平和賞を授与してもよいくらいだと思うのだが、それが無理なら「あなたはステキに平和に貢献したで賞」を私が授与したい。
 というわけで、次回以降は、クーラーの発明者は誰なのかについて調べていきたい。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その8

まとめ

 ここまで、ノーベル賞の歴史、賞金、受賞者の選定などについて順に見てきたわけだが、いかがだっただろうか。ここまで有名な賞なので、何かオフィシャルな賞のように感じていた方もいるだろうが、非常に私的な賞であることがおわかりいただけたと思う。
 その選考過程の詳細も明らかにされていないし、また、信憑性のある噂もそれほど流れてこないところから考えると、関係者の箝口令も厳重にしかれているのだろう。そういった秘密主義的なところも、人々の関心を高める要因の一つになっていると考えられる。

 少し話はそれるが、箝口令に関して少し書いておきたい。文学賞や平和賞では、誰が最終選考まで残ったかということが漏れ聞こえてくる。最近では、文学賞で村上春樹氏が、平和賞でゴア元アメリカ副大統領が最終選考に残っているという噂が流れたのがその例である。報道の様子などから察すると、噂というよりは、おそらく事実なのだと思われる。それに対して、物理学賞や化学賞などの、理系の賞ではそういう話はあまり伝わってこない。伝わってくる話も、噂の域を出ないものが多いように思う。この違いがどこから来ているのかはわからないのだが、興味のあるところだ。

 話を元に戻そう。このような私的な賞であるノーベル賞だが、その影響力はみなさんもご存じの通りである。「50年間に30人のノーベル賞受賞者を排出する」なんていうことを、政府がまじめに宣言している国だってあるくらいだ(私がいま住んでいる国の話です)。
 ノーベル賞が誕生してから100年と少し。関係者の努力、とくに受賞者をいかに選ぶかという努力によって、賞の権威が支えられている。政府や大企業の援助も受けず、独力で賞金などの経費を確保し、受賞者の選考を行っているこの章を、私は評価したい。しかし、その権威に盲従し、ノーベル賞を取るために研究をするとか、ノーベル賞を取るような研究者を養成するとか、そのような態度は賞の趣旨にも反するのではないだろうか。

 今年も10月に受賞者が発表される。どのような人が受賞するのか、日本人の受賞はあるのか、引き続き注目していきたい。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その7

5章 どのように受賞者を決めているの?

 「誰が」ノーベル賞の受賞者を決めているのかはわかってきたが、それでは彼らは「どのように」受賞者を選んでいるのだろうか。今回はそれをみていこう。
 前回も述べたように、まず、ノーベル委員会が全世界の研究者や過去のノーベル賞受賞者などに、受賞者にふさわしい人を推薦するよう依頼する。今回も化学賞の場合を例に説明していくと、約3000人の研究者に推薦を依頼するそうだ。
 しかし、この3000人はどういう基準で選ばれているのだろうか。いちおう、「世界中の大学の教授から選ばれた者、過去のノーベル物理学賞と化学賞の受賞者、スウェーデン王立科学アカデミーのメンバー」と公表されているが、詳細は明らかになっていない。とくに気になるのは、世界中の大学の教授から選ばれた者だ。独自の基準があるのか、それともテキトーに送っているのか、何か他の方法をとっているのか、知りたいところである。おそらく、何名かの日本の研究者にも依頼がきているのだろうが、誰のところにきているのか具体的には耳にしない。公表してはいけないことになっているのだろうか。そうでなければ、「私のところには毎年きてますよ」とか「ずっときてたけど、今年からこなくなったよ…」とか、教えてくれる研究者がいてもよさそうなものだが。

 この推薦の依頼が毎年9月に行われる。ノーベル賞が発表されるころには、すでに次の年の選考が始まっているというわけだ。そして、推薦の締め切りが次の年の1月末日。同じ研究者が複数の推薦を受けるため、この時点で候補者は約250~300名に絞られる。
 引き続き、ノーベル委員会は、外部の専門家に意見を求める。ノーベル委員会には入っていない外部の研究者の意見を求めるのだろうが、なぜ外部の意見が必要なのだろうか。これは推測になるが、この時点でかなり候補者を絞るため、それぞれの分野に詳しい研究者の意見を聞いているのではないだろうか。現在は、各研究者の専門領域が非常に細分化されているため、候補者の研究の価値を見極めるには、近い分野の研究者の意見を聞く必要があるということかもしれないと考えたのだが、いかがだろうか。
 こうして候補者を絞り、ノーベル委員会のメンバーは、スウェーデン王立科学アカデミーに提出するためのレポートを作成する。この時点では、まだ複数名の候補者が残っている。アカデミー賞でいえば、最終ノミネートの段階である。そして、ついに10月の初旬に、この最終候補者の中から受賞者が決定される。最後はスウェーデン王立科学アカデミーのメンバーによる多数決で受賞者が決まる。ただ、どういうメンバーによる多数決なのか、ここも詳細は明らかにされていない。私の調査不足もあるのかもしれないが、選考過程に不透明な部分が多いという印象を受けないだろうか。

 不透明といえば、ノーベル賞は、最終選考まで残った候補者の名前すらすぐには明らかにされない。「すぐには」と書いたが、公開が許可されるのはなんと50年後である。逆にいうと、今年は1957年の選考についての公開が許可されるのだが、その年の化学賞の受賞者はアレクサンダー・トッドというイギリスの研究者で、ヌクレオチドとその補酵素に関する研究によって受賞したらしい。その年に、彼と最後まで受賞を争った研究者はいったい誰だったのか…ということに興味のある人はほとんどいないだろう。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その6

4章 誰が受賞者を決めているの?(つづき)

 引き続き、誰が受賞者を選んでいるのか、さらに細部を見ていこう。選考の過程としては、まず、ノーベル委員会(Nobel Committee)が、全世界の研究者や過去のノーベル賞受賞者などに、受賞者にふさわしい人を推薦するよう依頼するのだが、このノーベル委員会とはいったい何なのだろうか? ノーベル委員会とは、各賞ごとに設置されている委員会で、この委員会が実際の選考を取りしきっている。たとえばノーベル化学賞であれば、先に述べたスウェーデン王立科学アカデミーの中に化学賞のためのノーベル委員会が設けられていて、そのメンバーも公表されている。今年(2007年)の委員長は、Gunnar von Heijneという研究者である。

http://nobelprize.org/prize_awarders/chemistry/committee.html

 実質的には彼らが受賞者を選んでいるということだ。ノーベル賞がほしい方は、このメンバーに「私はこんなすばらしい発見をしたんですよ」と売り込めば、検討してもらえる可能性もあるかもしれない…ということはなく、委員会は「自薦」を一切認めていない。
 「オレもノーベル委員会に入って、選んでみたいぞ」と思ったときはどうすればよいのだろうか。化学賞では、委員は3年ごとにスウェーデン王立科学アカデミーのメンバーから選ばれる。したがって、スウェーデン王立科学アカデミーのメンバー(研究者)になれば、その夢もかなうかもしれない。
 以上のように、このノーベル委員会が、毎年「ノーベル賞にふさわしい人を推薦してください」と、全世界の研究者にお願いするわけである。そして集まった候補者の中から、受賞者を選んでいく。
 次回からは、どうやって候補者を絞り込み、最終的な受賞者を決めているのか、その過程をお伝えしていく。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その5

4章 誰が受賞者を決めているの?

 ここまで、ノーベル賞の誕生の経緯や賞金について見てきたわけだが、この章では、いよいよ「いったい誰が受賞者を決めているのか」という疑問を解決していこう。
 結論を述べるとあっけないのだが、受賞者を決定しているのは、ノーベルの遺言によって指名された機関である。具体的には、物理学賞と化学賞はスウェーデン王立科学アカデミーが、医学・生理学賞はカロリンスカ研究所が、文学賞はスウェーデン・アカデミーが、平和賞はノルウェー国会で選ばれた5名からなる委員会が、それぞれの受賞者を決めている。ちなみに、ノルウェー国会のことをストーティング(Storting)というのだが、なぜそういうように呼ぶのかはわからない(ご存じの方がいれば教えていただきたい)。また、スウェーデン王立科学アカデミーは、後に新設された経済学賞の選考も行っている。
 スウェーデン王立科学アカデミーもカロリンスカ研究所も、ノーベル賞を選考するために作られた機関ではなく、実際に様々な研究を行っている研究機関である。つい先日(2007年5月22日)、日本の天皇と皇后が「リンネの生誕300年記念行事」に出席するために訪れたのはスウェーデン王立科学アカデミーだし、カロリンスカ研究所は「研究所」という名前がついているが、その実態は医科大学であり、世界でも有数の医科系研究機関だそうだ。

スウェーデン王立科学アカデミー
カロリンスカ研究所

 ノーベルがこれらの機関を指名したのには、いろいろな理由があるのだろうが、ノーベル賞が現在も存続し権威を保っているところから考えると、彼の選択は正しかったといえるのだろう。当然のことだが、ノーベルが遺言で決定権を与えたわけだから、ノーベルが他界したときにはこれらの機関はすでに存在していた。つまり、長い歴史を持った研究機関なのである。スウェーデン王立科学アカデミーは、当時の国王であるフレデリック1世が1739年に設立したスウェーデン王立アカデミーの一つだし、カロリンスカ研究所は1810年に軍医の研究施設として設立された研究所である。こんなに昔から「科学」していたとは、何とも驚きではないだろうか。
 ここでちょっと気になるのは、これらの研究所に在籍する研究者には、ノーベル賞を受賞する資格があるのかないのかということだ。じつはこれが、「資格あり」なのだ。身内が身内を賞に選ぶというのは「そんなんアリかいな」と思わないでもないが、とくに問題視されていないところを見ると、選考は厳正に行われているということなのだろう。たとえば、カロリンスカ研究所からは、ヒューゴ・テオレル(Hugo Theorell)とトールステン・ウィーセル(Torsten Wiesel)という科学者がノーベル賞に選ばれている。もちろん、受賞したのは両者とも医学・生理学賞である。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その4

3章 賞金は誰が出しているの?(つづき)

 前回は、ノーベル賞の賞金について、その秘密を明らかにする前に終わってしまった。今回こそは、その秘密を解き明かしていこうではないか。
 前回、今年(2007年)のノーベル賞の賞金は、1千万SEKであることを述べた。1900年にノーベル賞が始まって以来、ずっとこの金額だったのだろうか。もちろんそんなことはなく、1901年の賞金は約15万SEKだった。現在の賞金の約1.5%である。今回、賞金の変遷の一覧を付け加えたのでご覧いただきたい(下のグラフ)。1901年から順に賞金を見ていって、何か気づくことはないだろうか。そう、なんと賞金は下がっているではないか。多少の増減を繰り返しながら、基本的には下降線をたどり、1923年に最低金額を記録している。その後は上昇に転じるものの、1930年頃からはまた下がりはじめ、1945年には約12万SEKとなってしまう。グラフをご覧いただければ、一目瞭然だろう。1950年以降は基本的に右肩上がりで、1981年に初めて100万SEKの大台に到達すると、それからたった20年後の2001年にはその10倍の1千万SEKとなり、現在に至る。初期の右肩下がりや、近年の急上昇はいったいどういう理由によるものなのだろうか。

ノーベル賞賞金変遷表


 ノーベル財団は1900年に創立され、ノーベルの遺言に沿って遺産を管理した。遺産に関する遺言の主旨は「がっちり元手はキープし、できれば増やす」というものであった。そのうえで、賞金の額も「できれば増やす」というように書かれていたわけである。そこで財団は、遺産をイギリスの国債や不動産などのかたちに変えた。遺言にある「がっちり」という言葉に忠実に、担保のしっかりした運用を行い、手堅く資産を守った。その結果が、先の表にあるような賞金の微妙な増減となって現れている。手堅く運用して何とか得た利益を、賞金として還元していたのであろう。
 しかし、手堅い運用には限界があり、賞金は相対的にはどんどん減っていった。経済が発展し、物価はどんどん上昇するのに、賞金はそれに見合うほどは増えなかったのだ。もう一度、先ほどの1950年までのグラフをご覧いただければ、そのことがよくわかるだろう。1945年の賞金は、121,333 SEKであり、なんと第1回の賞金よりも少なくなっているのである。
 これはマズい。財団はそう思ったに違いない。
 そこでまず財団は、第二次大戦終了後の1946年に、免税の権利を得ることに成功する。利益を得ても税金を払わなくてもよくなったわけだ。ある一つの私的な財団が免税を認められるというのは、かなり異例のことに違いない。この当時、ノーベル賞はすでに非常に権威のある賞だったからという理由もあるのだろうが、免税を認めさせるためには関係者のたいへんな努力があったのだろう。さらに1953年には、資産の運用についてのルールを変更し、あらゆる種類の株式を購入できるようにした。
 上記の二つの出来事を期に、賞金は急上昇を始める。賞金の変遷表をご覧いただければ、はっきりわかるだろう。しかし、いくら免税の権利を得ているとしても、戦後、一貫して賞金を増やし続けているというのは、大恐慌やオイルショックもあったわけだから、かなりの資産運用能力があると想像できる。とくに近年の上昇率は顕著で、先にも書いたように、20年間で賞金を10倍に増やした。村上ファンドやスティールも顔負けというところだろうか。
 以上のように、ノーベル賞の賞金というのは、ノーベルの遺産をノーベル財団が運用した、その運用益から拠出されているのである。いわれてみれば当たり前のような気もするが、意外に知らないことだったのではないだろうか。ちなみに、特定の団体その他からの寄付などはいっさい受け付けないそうだ。その理由は、もちろん、賞の選考に影響を与える恐れがあるからだ。
 ノーベル財団が資産運用をしているというのは、ちょっとイメージとは違う感じもするが、そういう泥臭いこともしないと経済的に成り立たないのだろう。結局、「先立つものがないと…」ということなのだろうか。ノーベル財団のやりくりも、わが家の家計も、なんだか同じようなことになっているのかなあとも思ったりした。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その3

3章 賞金は誰が出しているの?

 3章では、ノーベル賞の賞金について取り上げてみたい。いくらノーベル賞が名誉な賞だといっても、それなりに賞金は出さなければならないし、受賞者を選ぶのにも資金は必要だ。2章でも触れたように、ノーベル賞の資金は、もちろんノーベルが残した遺産である。しかし、いくら遺産が莫大だったといっても、なくなってしまわないのだろうか…。この賞では、資金が枯渇しない秘密(というほど、たいそうなことでもないのだが)を明らかにしていこう。
 ところで、ノーベル賞の賞金がいくらかご存じだろうか? この質問にすぐに答えられる方は、なかなかのノーベル賞通だといってもよいだろう。2007年度の賞金はすでに決まっており、一つの賞につき1千万SEK(スウェーデンクローナ)、日本円に換算すると約1億6千5百万円ということになる(2007年3月現在、1 SEK=16.57円)。これを高いと感じるだろうか、それとも安いと感じるだろうか。また、一つの賞に複数名の受賞者があった場合は、その人たちで賞金を分けるのだが、その配分率も賞を与える側が指定する。たとえば、2002年に受賞した小柴さんも田中さんも、分け前は4分の1であった(両方とも、受賞者は3人)。ちなみに、日本を含む主な国では、ノーベル賞の賞金は非課税となっている。
 ノーベル賞には五つの賞があるから、合計で7億5千万円が毎年賞金として支払われることになる。いったい、どこからこのお金が出ているのだろう。ノーベルの残した遺産を切り崩して使っているのだろうか。だとすると、いずれは資金も尽きて、ノーベル賞はなくなってしまうのだろうか。それとも、スウェーデン政府の援助があったり、大企業からの寄付があったりするのだろうか。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その2

2章 ノーベル賞の概略

 この章では、ノーベル賞をざっと見て、ノーベル賞というのはどういう賞なのか、その全体像をつかんでもらいたい。
 前章で述べたように、ノーベルはとんでもない遺言を残してこの世を去った。その遺言をもとに設立されたのがノーベル財団(Nobel Foundation)である。設立されたのはノーベルが亡くなってから4年後の1900年(ちなみに日付は6月29日)であった。この財団が現在まで存続しており、ノーベル賞に関するさまざまなことを取りしきっているのである。
 ただし、ノーベルが遺言を残したからといって、簡単に財団が設立されたわけではなかった。とてつもない遺産があったのだから、もめたのも当然だろう。親戚や友達がたくさん湧いて出たにちがいない。実際に、ノーベルの兄弟やその家族は、かなり抵抗したようだ。
 ここで、その「とてつもない遺産」について少し補足しておきたい。ノーベルの残した財産は、おもに前章で書いた「ダイナマイト」によるものであった。ダイナマイトがたくさん使われたからこそノーベルは莫大な富を得たわけだが、たくさん使われた理由が彼の思っていたものとは違ったのである。彼はダイナマイトの利用について、建設現場での爆破などを想定していた。しかし実際には、ダイナマイトは「兵器」としてとんでもない威力を発揮したのである。ノーベルはこのことに心を痛め、そのためノーベル賞に平和賞があるのだといわれている。
 これは、ちょっと美化されすぎている話のような気がしないでもないが、アインシュタインが原爆の開発をアメリカ大統領に嘆願したにもかかわらず、後にそれを後悔したことと似た話なのかもしれない。ただ、私が感じるのは、両者ともおそらく「この研究がどのように使われるか」というようなことよりも、むしろ「その研究自体の面白さ」に惹かれて研究にのめり込んでいったのではないかということである(ただし、アインシュタインは原爆の開発、いわゆるマンハッタン計画には直接はかかわっていなかったことは補足しておく)。現在でも、遺伝子工学・発生生物学・微生物工学など、悪用するとかなりヤバいことができそうな分野はいくらでもある。サリン事件もその一例だろう。科学者や技術者(とくに科学者)は研究そのものの面白さにのめり込んでいく人たちであると思うし、逆に言うと、研究そのものにのめり込めない人は、そもそも科学者には向いていないのではないだろうか。さらに、科学の進歩は、科学者たちのそういう性質(性格?)によって支えられていることも、また事実だろう。われわれも、いろいろ考える必要がありそうだ。
 ノーベル賞に話を戻そう。ノーベル賞は、上記のノーベル財団という私的な機関が授与する賞である。だれが、どのような調査をして受賞者を決めているのかや、賞金はどのように捻出しているのかは、後に詳しく見ていくことにして、ここではその他のことをざっと見ていきたい。
 まず、ノーベル財団は「Board」(日本語でいうと「委員会」か)によって運営されており、そこには7名の委員がいる。その7名は、すべてスウェーデンまたはノルウェー国民であり、ノーベル賞授与団体の管財人(Trustees of the prize-awarding bodies)によって選ばれた人たちである。なんだか複雑だが、要するに管財人というのが、陰のボスみたいな存在なのだろうか。ちょっと怪しげな雰囲気である。ただし、この「Board」は受賞者の選考にはいっさいかかわらない。では何をしているのかというと、財政面を担当しているのだ。要するに、お金を稼いでいるわけである。どのようにして稼いでいるのかは、あとで説明することにしよう。
 ところで、ノーベル賞には何賞があるのか知っているだろうか。正解は、物理、化学、医学生理学、文学、平和の五つである。もう一つ、経済学賞というのもあるのだが、これは1968年にできた賞で、ノーベル財団が授与する賞ではなく、正式名を「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞」といい、ノーベル賞とは別の賞である。
 この五つの賞の受賞者が毎年選ばれ、12月10日(ノーベルの命日)に授賞式が行われる。受賞者がパーティー会場のような立派な場所で、正装をして賞をもらい、そのあと講演をしている映像を見たことがあるだろう。ただ、カンヌ映画祭などのように、その場で華々しく受賞者が発表されるわけではなく、発表自体は事前(2005年は10月はじめに発表された)にすでに行われている。
 なお、その発表日時は事前に告知されているので、受賞するかもしれない人のところにはマスコミも集まり、会見場も用意されている。しかし、これはあくまでもマスコミ側の予想に基づいて集まっているだけであり、ノーベル財団が有力候補を発表するわけではない。選考過程はかなり厳重に箝口令が守られている。たとえば、ノーベル化学賞を受賞して一躍有名になった田中さんのところには、マスコミなどまったく集まっておらず、本人もなんの準備もしていなかったそうだ。世間の評価とはかかわりなく、独自の基準で受賞者を選考しようという意図は感じられるし、その点については賞を与える側もけっこう頑張っていると思う。
 私がいまおもにかかわっている分野でも、毎年、何人かの日本人研究者が有力候補として名前があがる。果たして今年は日本人の受賞はあるのだろうか。

知ってるようで知らなかったノーベル賞 その1

 自然科学に関わっている者の一人として、科学をわかりやすく伝える文章をブログに載せてみた。この「ノーベル賞」シリーズは、友人に「おれ達に科学をわかりやすく伝えるようなものを書いてみろ」と促され(脅迫され?)書いたものを、ブログに載せるために改稿したものである。
 思いこみや調査不足による勘違いもあるかもしれないので、お気づきの方はご指摘いただければ幸いである。


序章
 現代は科学の成果でいろいろなことが実現されているのに、あまりに何も知らないのはマズくないか? そこの君もケイタイやパソコンを使ってるし、テレビだって、科学の力を借りて番組が日本全国に届けられているわけだ。それなのに、そんなに無関心でもええんか?(別にええという気もするけど)。
 それに、そもそも科学ってけっこう面白いと思うのだがどうだろうか。私が感じる面白さは、「次から次に謎が現れる」的なワクワク感と「パズルのピースがあるべきところにカチっとはまる」的な気持ちよさだろうか。まあ、みんながそれぞれの面白さを感じてくれれば、それが一番なのだろうけど。
 と偉そうなことを書いたが、そういう私も科学についてそれほど知っているわけではない。みなさんに伝えることによって、私自身も勉強していくというわけだ。

 さて、記念すべき第1回のテーマは「ノーベル賞」である。「ノーベル賞くらいオレでも知ってるよ」という声が聞こえてきそうだ。しかし、ノーベル賞の何をご存じだろうか? ノーベルさんは、その昔、ダイナマイトを発明した人で、その儲けを使ってノーベル賞が作られた、ということくらいではないだろうか?(それすら知らないってことはないですよね…)。ノーベル賞には何賞があるのかご存じだろうか? ノーベルさんはもうこの世にいないけど、じゃあ誰がノーベル賞を決めているのか知っているだろうか? そういうことを、順番に説明していこうではないか。

1章 ノーベル賞の始まりとその歴史
 ノーベル賞は1901年から始まった賞であるが、それはアルフレッド・ノーベルが亡くなってから5年後のことであった。アルフレッド・ノーベルとは、もちろん、ノーベル賞の創始者である科学者だが、いったいどういう人物だったのだろうか。まずはそこから説明していこう。
 ノーベルは、1833年にストックホルムで技術者の家庭に生まれたスウェーデン人である(スウェーデンといえば、自動車のボルボや北極のオーロラなどが思い浮かぶだろうが、実は王国だということを知っているだろうか?)。その後、9歳のときに当時ロシアの首都であったサンクトペテルブルクに家族とともに移り、そこで教育を受けた。教育といっても学校に通ったわけではなく、兄弟とともに家庭教師から勉学を学んだ(ただしこれは、当時ではそれほど珍しいことではなかったようだ)。彼は、数学・物理・化学などの自然科学はもちろんだが、この時期に語学も熱心に学び、そのおかげで5カ国語を操ることができるようになった。この語学力は、後に大いに役に立つことになる。また、彼は自然科学の中では化学に興味を持ち、とくに力を入れて学習したといわれている。
 その後、彼はニトログリセリンという物質に出会う。これがダイナマイトの原料となる物質である。ただし、彼はニトログリセリンを作ったり見つけたりしたわけではない。この物質は他の研究者がすでに合成していた。ニトログリセリンに火をつけるとすさまじい爆発を起こすことはすでに周知の事実だったのだが、安全に運ぶのが難しく、爆発させたいところで、爆発させたいときに爆発させることができなかったのだ。
 少し話はそれるが、ニトログリセリンは爆弾の材料以外にも使われていることをご存じだろうか。実は、ニトログリセリンは薬としても使われているのである。なんの薬かというと、狭心症・心筋梗塞などの心臓の発作を止めるための薬で、発作時にこれを服用すると血管が拡張し、発作が鎮まる。発作の特効薬として、今日も使われている薬なのだ。
 そのニトログリセリンを爆薬の原料として実用化したのがノーベルだった。彼はロシアからスウェーデンに戻り、ニトログリセリンの実用化の研究に邁進した。1864年には実験中に大爆発を起こしてしまい、その事故で弟を亡くしている。しかし、そのような苦難を乗り越え、彼はニトログリセリンを安全に持ち運び、爆発したいところで爆発させる方法をついに見つけ出した。細かい技術は省略するが(説明しろといわれても、ちと困るというのが事実だが…)ニトログリセリンに二酸化ケイ素を混ぜると、液体のニトログリセリンがペースト状になり、持ち運んだり形を変えたりすることが容易になるのだ。彼はその物質を「ダイナマイト」という名前で特許申請した。このダイナマイトが莫大な利益を生んだことはご存じだろう。
 このダイナマイトの発明ばかりがクローズアップされるノーベルだが、他にもいろいろな特許をとっており、ダイナマイトだけで一発当てたという科学者ではない。また、経営者としても優れており、20ヵ国以上の国に90ヵ所以上の工場と実験所を持っていた。若いときに培った語学力が、こういうところで生かされたわけである。彼の優れた経営者感覚を示す一つの例は、彼の作ったが会社がいまでもいくつも残っていることだ。自ら研究して特許をとり、それをもとに会社を立ち上げ、会社を運営しつつ研究も続ける…。なんともマルチな活躍ぶりではなかろうか。
 そうして築き上げた莫大な資産を残し、彼は子供を得ることなく1896年にこの世を去った。遺言書を残して。そして、その遺言書の内容は驚くべきものであった。彼の遺産を、物理・化学・生理学医学・文学・平和の五つの賞に使えというものだったのだ。遺言の執行者には二人の若い科学者(Ragnar SohlmanとRudolf Lilljequist)が指名された。その二人の科学者が、遺言に従いノーベル財団を設立したのである。これが、現在まで続くノーベル賞の礎となった。
 以上のように、ノーベルは科学者というよりも技術者といえる人物だった。またまた、ちょっと話はそれるが、ここで科学者と技術者の違いについて少し触れておきたい。日本の大学にも理学部と工学部があり、理学部は科学者を、工学部は技術者を育てる学部だ。英語では、理学はscience、工学はengineeringである。理学は実際に使えるかどうかとは関係なく自然現象を追求する学問であり、工学は実際に使える技術を開発する学問というのが、両者の違いというか、本来の意味のようなものである。もちろん、理学と工学は密接に結びついており、その境界はあいまいではあるが、厳密にはこのような違いがある。ただし、最近の流れは実学重視であり、理学部での研究でも「なんの役に立つの?」という問いに答えられる研究が重視される傾向にある。
 「自然現象を通じて真理を追究する」という自然科学本来の目的は、いまや実現しにくいのかもしれない。役に立たない研究には、お金がおりてこないのだ。こういうように書くと「そんなことはけしからん」と感じるだろうと思うが、裏を返した書き方をすると「役に立たない研究に、みなさんの納めている税金が使われていますよ。それでいいのですか?」となる。そう問われて「別にいいですよ」と答えてくれる人がどれくらいいるだろうか。あなたはどちらの意見だろう。
 なぜノーベル賞というテーマなのに、こういうことを書いたのか。それは、ノーベル賞が、役に立つ研究を重視する傾向を強めている一つの要因ではないかと感じるからだ。ノーベル賞がそのような傾向を持つとするなら、その理由の一つは、ノーベルがいわゆる科学者ではなく、技術者だったからなのかもしれない。

書評 神田裕行『日本料理の贅沢』講談社現代新書

 『ミシュランガイド東京・横浜・鎌倉』で3年連続三つ星を獲得している料亭「かんだ」のオーナーシェフである神田さんが、日本料理に関する考え方や、ちょっとしたコツなどを書いた本。前菜から始まり、デザート、飲み物まで、日本料理のメニューに沿って、順番に解説されている。
 神田さんの、日本料理に対する考え方、好み、思想などが語られる部分と、日本料理を作る際のコツや手法が披露される部分のバランスがよく、とても楽しく読めた。

 一流の料理人は、ここまで客のことを考え、ここまで料理のことを考えて日々の営業を行っているのか。そりゃ家庭では同じ味は出せないわけだ。改めて、外食する価値が分かった気がする。

 神田さんの考えの根本は「いかに客に喜んでもらえるか」だと言ってよいだろう。しかしこれは、一流の料理人には共通のことであろう。
 とはいえ「かんだ」がカウンターのみの店である理由、またその席数が18である理由には感心した。カウンターの魅力というか、その本来のメリットを知ることができた。テーブル席に座ってコース料理を食べるのも楽しいのだが、この本を読むと、カウンターでおまかせ料理を食べたくなる。

 ここまで読んでいただいて「なるほど、この本は一流の料理人が、その心意気を語った本なのか。面白そうだけど、書いてあることは想像がつくなあ」と思っている人もいるかもしれない。しかし、本書の魅力はそれだけではない。
 本書のユニークな点は、神田さんの「味」に対する考え方が、最終的に「科学的」なところまで分解されているところである。もちろん料理というのは、感性や感覚によるところが大きいのだろうが、神田さんの場合、そこへ「料理の科学」がプラスされるのだ。
 私が最も印象に残った例が「トマト」である。本書の66ページにその話題が出ている。野菜ではなく「お椀」の章である。
 トマトは野菜の中ではグルタミン酸の含量が最も多いのだそうだ。日本料理でグルタミン酸といえば、昆布出汁である。昆布出汁(グルタミン酸)と鰹出汁(イノシン酸)の組み合わせこそ、日本料理のゴールデンコンビだということは、ご存じの方も多いだろう。ということは、昆布出汁の代わりにトマトを使えば、こちらもゴールデンコンビが成立するのだ。

たとえばうちの店では、夏になると鰹節の出汁で、トマトのご飯を出したりします。ほかにも、めんつゆでトマトをさっと煮て素麺と合わせたり、トマトを細かく切ってお出汁で軽く煮たものを揚げた白身魚にかけたりします。トマトの味噌汁も作ります。ええっ? と思われるかもしれませんが、鰹節にはトマトが絶対合うということがもうわかっているわけですから、間違いないのです。お客様皆さん驚かれますが、おいしいとおっしゃってくださいます。グルタミン酸とイノシン酸ですから、間違いないのです。

という具合である。
 他にも、料理人の感性と料理の科学とのコラボレーションはいろいろと書かれているのだが、それは本書を読んで確かめていただきたい。

 私は神田さんの料理は食べたことがないのだが、本書を読んで「ごちそうさま」と言いたくなった。そういう思いが伝わってくる本である。



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2011年10月4日火曜日

ざるそばと盛りそばの違いって何やねん  その2

 前回、「盛りそばに海苔がパラパラとかけてあるのがざるそばである」という週刊競馬ブックの記事を紹介した。果たしてこれは本当なのだろうか? 海苔がかかっているだけで100円も高いなんて、本当なのか? その答えは「現代では、おおむね正解である」といえる。なんだか政治家の答弁みたいだが、事実なのでお許しいただきたい。このことを理解していただくためには、そばの歴史を簡単にたどりつつ、説明していくのがよいだろう。

 そばという植物自体は、縄文時代にはすでに日本に入ってきており、栽培されていた。そばというと東洋のもののように感じるかもしれないが、ヨーロッパでも作られていたらしい。種をまいてから収穫までが短いため、米や小麦が不作だったときの食料として重宝したそうだ。
 ところで、みなさん「そば」というと麺類を想像するだろうが、麺類としてのそばの歴史はそれほど長くはない。そばは、長い間、すいとんや団子状にしたものを、煮たり焼いたりして食べられていた。いまのように麺状にして食べるのが広まったのは、江戸時代初期のことである。信州や甲府で1500年代末に考え出された方法が、江戸に入ってきたのが1600年代の前半ということらしい。いったい誰が、切って細長くして食べようと思ったのだろう。その人の発明がなければ、今頃そばは栽培されず、絶滅しているかもしれない。まさに大発明である。
 そして、その麺状のそばを「そば切り」と呼び、それまでの団子状のそばとは区別した。ちなみに「うどん」は、そばよりも早く、1300年代には麺状のものが登場していたらしい。麺としての歴史はそばよりも長いのである。
 その「そば切り」が広まると、今度はまた新しいそばの食べ方が流行する。それが「ぶっかけそば」であり、文字通り、つゆを麺にぶっかけて食べたわけだ。これが、その後「かけそば」へと転じたのである。その「かけそば」と区別するために、従来の、つゆにつけて食べるそばを「盛りそば」と呼んだのが盛りそばの始まりである。

 では、もう一方の「ざるそば」はどのように誕生したのだろうか。ざるそばは、本来は盛りそばの一種で、盛りそばをざるに盛ったものを「ざるそば」と呼んだのだ。「なんだそりゃ」という気がしないでもないが、えてして、そんなものなのかもしれない。「盛り」そばなのに、盛り上がらないなあ…。
 「ざるそば」は、江戸時代の中頃に伊勢屋という店が出したのが始めといわれている。普通の盛りそばよりも、ワンランク高級なそばという位置づけだったそうだ。要するに、ざるそばは「高級盛りそば」だったのである。ということは、たんにざるに盛っただけのものだったわけではない。つゆも、普通の盛りそばとは違い、砂糖(当時は高級品だった)を使ったりして、差をつけていた。これが「本来の」ざるそばと盛りそばの違いである。その「高級感を出す」という流れの中で、盛りそばにはかかっていない「海苔」がざるそばにかけられるようになった。これが現在まで続いているわけだ。盛り上がりはなかったかもしれないが、それなりに興味深い話ではないだろうか。
 では、いまでも「ざるそば」は高級盛りそばなのかというと、そうではない。砂糖もとくに高級品ではなくなった現在、(こだわりの店を除くと)つゆを「ざる」と「盛り」で変えている店もほとんどない。ざると盛りの違いは、海苔だけになってしまったのだ。中には、ざるそばが盛りそばよりも250円も高い店もあるらしいが、そんなざるそばを注文する人がいるのだろうか。本来の意義がなくなり、形だけが形骸化して残っている典型例であろう。われわれの身の回りには、気づかないだけで、たくさんの「形骸化したもの」が残っているのかもしれない。
 なんだかマジメな締めくくりになってしまったが、たまにはこういうのもよいだろう。

ざるそばと盛りそばの違いって何やねん  その1

以前、『鳥なんばそばの「なんば」って何や?』というエントリーを3回シリーズで書いた。その際に、ざるそばと盛りそばの違いが気になっているということにチラッと触れたが、今回は、その謎を解き明かしていこうというわけだ。一部、前回に述べたことと重複するが、疑問を持つに至ったきっかけから始めていきたい。

私はそば屋では、温かいものではなく、ざるそばまたは盛りそばを注文することが多い。私は関西で生まれ育ったのだが、子どものころは、そば屋には盛りそばというメニューはなく、ざるそばしかなかったように思う。冷たいそばをつゆにつけて食べるといえば、それは「ざるそば」だったわけだ。
ところが、いつの間にか関西にも、盛りそばをメニューに掲げる店が増えていた。これは印象に過ぎないかもしれないし、私がそういうそば屋にも行くようになっただけなのかもしれない。とにかく、「盛りそば」を目にする機会が増えたのだが、私は同じものを「ざるそば」といったり、「盛りそば」といったりするのだと思っていた。関西風のものがざるそばで、関東風のものがざるそばだと。

学生時代、友人を訪ねに東京に行ったときのこと。「関東のそばは関西よりも美味いらしい」という噂はつねづね聞いていたので、早速、友人とそば屋に行ってみた。……たしかに美味い。完敗である。当時、「阪神タイガースはPL学園より弱い」といわれていた時代だったこともあり、「やはり関東には勝てないのか」と精神的にもKO負けをくらって帰ってきた(東への対抗心丸出しの、アホな関西人の典型ですな…)。
そのとき、そばの美味さもさることながら、もう一つショックを受けた出来事があった。何とそば屋のメニューに「ざるそば」と「盛りそば」が両方あるではないか。しかも、ざるそばのほうが高い。『メニューの中に「生中」と「中ジョッキ」が両方書いてあり、しかも値段が違う』という状況を想像してもらえれば、私のショックもおわかりいただけるだろう。「小ライス」と「ご飯(小)」の値段が違うという状況を……しつこいので、ここらでやめておく。
それ以来、ずっと小骨がのどに刺さったような違和感を覚えつつ、日々の生活を送っていたわけだが、ある日、愛読誌「週刊競馬ブック」の中に、「盛りそばに海苔がパラパラとかけてあるのがざるそばである。ちょっと海苔がかかっているだけで、100円も高いとはけしからん」という記事を見つけて、長年の悩みは解消した。それにしても、意外なところから答えが転がり込んできたものだ。人生、わからないものである。

今回は、その記事の真偽も含めて、もう少し詳しく「ざるそば」と「盛りそば」の違いを追っていきたい。
次回に続く。

鳥なんばそばの「なんば」って何や? その3

前回の最後に触れたように、「なんば」の語源にはもう一つの説がある。これは、たいへんわかりやすい説である。以下、紹介していこう。

江戸時代、大阪の難波(いわずとしれた「ミナミ」の中心地である)一帯ではネギが栽培されており、そのため関西ではネギのことを「なんば」と呼ぶようになった。そこから、ネギを使った料理も「なんば」というようになった、という説である。何ともわかりやすいではないか。インターネットで調べたところでは、この説を主張しているところが多かった。そして関東では、この「なんば」と、「西洋的な」という意味の「南蛮」が結びついて、ネギを使った料理を南蛮と呼ぶようになったという。
鳥なんばそばの「なんば」の語源が大阪の「難波」だったとは、たしかにおもしろい。そして、何度もいうように、わかりやすい。そのため、この説が広まっているのだろうが、どうもこの説はちょっと怪しいようだ。私のここまでの説明でも、関東でネギのことを南蛮というところの説明が、かなり怪しい気がしないだろうか。この「大阪の難波」→「なんば」説が怪しいことは、次のサイトに詳しい。そばに精通している方が、緻密な調査をもとに、説得力のある説明をされていると思う。

大阪・上方の蕎麦(トップページ)
西成郡難波村とネギ
なんば・なんばんの呼称

この他にも、「なんばそば」「なんばんそば」の語源を扱ったサイトはいくつもあるが、先にも述べたように、大阪の難波が転じたという説が有力だ。しかし、その説に異を唱えているところも見られる。もう、こうなってくると考古学の世界である。これ以上の調査は私の手に負えるところではない、と逃げることにしよう。

「おまえの意見なんか、参考にならん」という批判は無視して、ここまでの情報から私の意見を述べると、私も「大阪の難波」説には否定的である。「大阪の難波説はちょっとおかしいんじゃないの?」という意見に説得力があるように感じるからだ。
そういうわけで、私は前回の意見を推す。すなわち、古来中国の南蛮という言葉が日本に入ってきて、転じてネギやトウガラシなどを使った料理を指すようになったのがその由来だ、という説だ。いまでも「南蛮煮」という料理に見られるように、もともとは、南蛮という言葉はネギのみを指すわけではなかったのだろう。それがいつのまにか、そば業界では「ネギ」だけを「なんばん」や「なんば」というようになったのではないだろうか。
それにしても、関西では「なんば」、関東では「なんばん」という使い分けが現在でも残っているのは興味深い。アホとバカの境界のように、「なんば」と「なんばん」の境界がどの地域なのか、調べてみるのもおもしろそうだ。

鳥なんばそばの「なんば」って何や? その2

 さて、いよいよ「なんば」の謎に迫っていこう。
といっても「なんば」の意味自体は謎でもなんでもなく、要するにネギのことである。いったい、前回の長い前振りは何だったのだろうか…。
要するに、「鳥そば」といえば鳥肉入りのそば、「鳥なんばそば」といえば鳥肉とネギの入ったそばを意味するわけだ。同様に、「鴨なんばそば」であれば、鴨肉とネギの入ったそばということになる。
というわけで、今回はおしまい…。

としてもよかったのだが、この「なんば」、思いのほかたくさんの謎をもっているのである。せっかくだし、紹介していこうではないか。

まず、「なんばそば」と呼ばれるためには、ネギにも条件がある。立派なネギじゃないとダメだとか、白ネギじゃないとダメだとか、そういう話ではない。「刻みネギではダメ」なのである。長ネギ、しかも油で焼いた(もしくは揚げた)ネギでないと、正式な「なんばそば」とはいえない。現在は、油を使っていない長ネギを入れたものでも「なんばそば」として出している店もあるようだが、本来は油を使わなくてはならないそうだ。
また、関東では「鳥なんばんそば」「鴨なんばんそば」のように「ん」の文字が入る。前回の盛りそばざるそば問題とは違って、「鳥なんばん」と「鳥なんば」は同じものを指す。そして、鳥なんばんのなんばんを漢字で書くと南蛮となる。そう、チキン南蛮の南蛮と同じではないか。この南蛮(関西ではなんば)は、いったいどういう意味の言葉なのだろうか。ネギという意味ではなかったのか?
この南蛮という言葉にはいろいろな意味があるのだが、そもそもは中国人が南方の異文化の人々を蔑視するときに用いた言葉である。「南にいる野蛮なヤツら」という感じの意味だったのだろう。その言葉が日本に入ってきて、「東南アジア方面」を意味するようになった。江戸時代になると、その言葉の意味する地域はさらに広がり、インド、ついにはポルトガルやオランダなどの西洋も指すようになった。えらい広がりようである。そして、これらの国から入ってくる渡来物にも「南蛮」という言葉をあてるようになり、その代表がトウガラシとネギである。鳥なんばんや鴨なんばんの南蛮は、もちろんネギという意味で使われている南蛮である。一方、チキン南蛮や南蛮菓子といったときの南蛮は、「西洋風の」という意味で使われている。

というわけで、鳥なんばの「なんば」は、ネギを表す南蛮という言葉がなまって「なんば」と呼ばれるようになったのがその由来である。一件落着……とはならない。なんと、「なんば」の由来にはもう一つの説がある。続きは次回。

鳥なんばそばの「なんば」って何や? その1

 私はそばがけっこう好きである。関西はそばよりもうどんだとよくいわれるが、うどん屋よりもそば屋のほうが多い気がする。おそらく関東の人よりはたくさんうどんを食べるのだろうが、関西人のうどんとそばの消費量はどちらが多いのだろうか。意外とそばのほうが多かったりするような気がするのだが、誰か調べた人がいれば教えていただきたい。
ここのところ関西にも本格的そば屋(十割そばを出すような店)が増えてきた。一種のブームである。しかし、ざるそばに千円以上出すのは大蔵大臣の許可が必要なので、あまりそういう店には行かない(行けない)。

閑話休題。

そういうわけで、私はしばしば(それほど高くない)そば屋に行き、たいていはざるそば(または盛りそば)を注文する。私は、同じものを、関西ではざるそば、関東では盛りそばと呼んでいるのだと思っていたのだが、あるとき、関東のそば屋のメニューにざるそばを発見した。まるで、一人の女だと思ってつきあっていたのが、じつは二人の女性で「さあ、ざる子か盛り子か、どっちを選ぶの?」といわれたようなものだ。
その店では盛りそばよりもざるそばのほうが高かった。「いったい何が違うのか?」激しく気になったのも当然であろう。その後、「盛りそばに、きざんだノリがパラパラとかけてあるのがざるそばである。ノリをかけるだけで100円も高いとはけしからん」という記事を目にして私の疑問は解消したのだが、その記事が正しいのかどうかは確かめていない。この、ざるそば盛りそば問題も、機会があれば真偽のほどを確かめてみたい。

今日は本題にはいることができなかった。申し訳ない。「なんば」の謎は明日以降に解明していく。

ブログの引っ越し

 FC2でブログをしていたのだが、何が行けないのか、8月半ばにgoogleの検索順位が急落した。ブログのタイトルで検索しても1ページ目に出てこないのだから、何か原因があるとしか思えない。
ああだこうだと試行錯誤すること2カ月。しかし、状況は改善せず、ついにブログの引っ越しを決めた。
よく読まれていたエントリーをいくつかこちらに移し、新しい記事はすべてこちらにエントリーしていこうと思う。
心機一転、よろしくお願いします。