数学の知識は
一切不要。にもかかわらず、フェルマーの最終定理が解かれる過程が、圧倒的な迫力で伝わってくる。
フェルマーの最終定理とは、17世紀の数学家ピエール・ド・フェルマーが残した命題である。フェルマーは
「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」
と書き残した。この命題自体は、中学校程度の数学で十分に理解できる。すなわち
nが3以上の自然数のとき、xn + yn = znとなる自然数 (x, y, z) の組み合わせはない(x = y = z = 0を除く)
というものである。
一見、高校入試や中学入試に出てきてもおかしくないような問題のように見える。
この命題はどうやら正しいらしい。なぜなら、どんな組み合わせを試しても、その式を満たすような自然数は見つからないからだ。ところが、この定理の証明に何人もの大数学者が挑んでも、解けそうで解けない。いつしかこの命題は、数学界の最大の謎の一つとなった。
この数学界の大難問を、アンドリュー・ワイルズというイギリス人数学者が1995年に解き明かした。これは、たとえていうなら「邪馬台国の場所が確定した」とか、「人類が火星にたどり着いた」というレベルの話なのだ。
そして、この証明の過程を、数学の素人であるわれわれにも分かるように著してくれたのが著者のシン氏である。シン氏は徹底的な取材と調査によって得た膨大な資料を、頭の中で整理し、分かりやすいかたちに再構築して読者に提示する。よほど深く理解していないと、このような作業はできないに違いない。
本書の存在は以前から知っており、「いつか読まねば」と思っていたのだが、500ページ近い大作であり、内容も内容なので
「きっと難解で、途中で挫折してしまうんだろうな…」
と敬遠していた。しかしこれはまったくの誤りだった。しつこいようだが、数学の知識は
一切不要。グイグイと読める。
ワイルズが証明に取り組む過程と並行して、フェルマーの最終定理にまつわる数学の歴史も書かれている。これもまた興味深かった。証明の歴史には、日本の数学者が大きく貢献したことを本書で初めて知った。何だか嬉しくなってしまうのは私だけではないだろう。
作り話では表現できない生々しさや臨場感が伝わってくる、珠玉のノンフィクション。
にほんブログ村