「文庫が出るまで待つべし」
というわが家の家訓に従い、文庫化を待っていた。待った甲斐のある面白さだった。
まっすぐ、さわやか、爽快。そんなイメージに満ちあふれた、元気の出る小説だ。
主人公は渋川春海という江戸時代の碁打ち。しかし彼が生涯をかけたのは、碁ではなく「暦(こよみ)」だった。彼は、新しいカレンダー作りに一生を捧げたのだ。
碁打ちの家に生まれた自分の人生に対する煩悶(当時、囲碁は世襲制だった)、算術へのあこがれ。そんなこんなで悶々とした生活を送っていた春海のところに、天体観測隊への参加が命じられる。それを端緒に、ついに新しい暦を作り上げるまでの過程をさわやかに綴ったのが本書である。
暦、囲碁、算術、それぞれにまつわるストーリーが展開され、それらが互いに絡み合いながら重層的に物語は進んでいく。暦も囲碁も算術も、どれも魅力的に描かれているところがすごい。
脇役たち(おそらく、ほとんどは実在の人物)も個性的で、私は本因坊道策の人物像が特に好ましかった。ちなみに道策は実在の人物で、囲碁史上に残る天才棋士である。
本書を読んで、改めて「人の縁」の大切さ、温かさを感じた。本書に出てくる人の縁にも、友情、愛情、尊敬、ライバル、家族といろいろあり、それぞれがしみじみと滋味深い味わいをかもし出しているのだが、本書の主題となる人の縁は「人を見込む」ということだろう。
春海は、上司、師匠、同世代の天才などに「こいつなら」と見込まれ、彼らの力も借りながら人生を切り拓いていく。自らの力でばく進していくスーパーマンの物語も一興だが、第二次ベビーブーム世代の私にとっては「見込まれ」を推進力に進んでいく春海の姿に共感を覚える。私と同世代の人には
「あの人が私を見込んで引っ張り上げてくれたから、いまの自分がある」
という経験のある人も多いだろう。(揺れ動く時代ではない)安定した社会で道を拓いていくには、こうした「見込まれ力」が必須だと思う。
しかし私ももうすぐ40歳。
「最近、見込んでもらえないなあ」
とスネるには歳を取りすぎた。そろそろ「見込まれる」ほうから「見込む」ほうに回る年代になったのかもしれない。
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