2012年11月7日水曜日

書評 根岸規雄『ホテルオークラ総料理長の美食帖』(新潮新書)

 2001年から2009年までホテルオークラ総料理長を務めた根岸氏が、その半生を振り返りつつ、ホテルの料理およびサービス全体の極意を語った本。こういう本はえてして自慢話や苦労話に陥りがちだが、まったくそうなっていないところが素晴らしい。

 ホテルオークラ開業時から同ホテルで腕をふるってきた根岸氏にしか書けないであろうホテルオークラの歴史、レシピの秘密、名物料理誕生の裏話などが次々と披露される。
 たとえば、今のフレンチレストランでは当たり前に使われるフォン・ド・ヴォーを、日本で最初に使い始めたのはホテルオークラなのだそうだ。ホテルオークラでは、開業後間もない1960年代に本場フランスから一流料理人を呼んできて、その料理を学ばせた。その一つがこのフォン・ド・ヴォーだというのだ。ホテルオークラの心意気が感じられる逸話である。
 その他にも、ダブルコンソメスープ、ローストビーフ、フレンチトースト、(長嶋茂雄氏の大好きな)アップルパイなど、数々の料理とそれにまつわるエピソードが紹介されている。ヨダレを流さずに読むことは不可能だ。決して電車では読まないことをお薦めする。

 さらに本書が素晴らしいのは、話題が料理にはとどまっていないところだ。料理に限らず、ホテルオークラのサービス全般についての思想も語られている。
 たとえば、予約を入れずに訪れた客から、失礼にならないように名前や住所を聞き出すにはどうすればよいか。それには、今でこそケータイにもその機能がついているが、当時はまだ高価だったある機器を使っていたのだそうだ。答えは本書の「11 お客様をお名前で呼ぶために」を読んでほしい。
 もちろん、根岸氏にはこういったサービス部門の経験はない。しかし、本書を書くためにわざわざサービス部門のOBなどに話を聞きにいき、その逸話を本書で紹介しているのだ。根岸氏の
「ホテルオークラの良さを知ってもらいたい」
という熱意が伝わってくる。

 本書を読めば、ホテルオークラで食事をして、一泊してみたくなる。誰か連れて行ってくれんかなあ。




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2012年11月4日日曜日

2012みやこS、AR共和国杯、アルテミスS、京洛S 予想の回顧

 土曜の東京メインは新設重賞のアルテミスS。ビリオネアを本命に予定していたのだが、輸送が応えたのか馬体を減らしていたので、本命を◎ナンシーシャインに変更。そのナンシーシャインは中団につけたが、向こう正面で手綱を引っ張る場面が。4コーナーでは内を突き、勝ったコレクターアイテムの後を追うように伸びたが5着。向こう正面がスムーズなら、もう少し頑張れたかもしれない。

 京都の京洛Sは、本命◎ハクサンムーンが好スタートから予定通りハナを切ったが、そこに競りかけてきたのがトシキャンディ。何しよんねん、まったく…。そのまま2頭で他を大きく引き離して逃げたが、直線ではガス欠。ハクサンムーンがブービー、トシキャンディが最下位という結果になった。国分恭介、まったくいらんことをしてくれたものだ。結果論になるが、小牧騎手はトシキャンディを先に行かせてもよかったのかもしれない。だが、騎手心理としてはそうもいかないんだろうなあ。

 日曜東京はアルゼンチン共和国杯。本命の◎ムスカテールは中団から最速の上がりで鋭く伸びたが、先に抜け出したルルーシュは捉えきれず、2着。馬券は、裏表を買っていた馬単を的中。1800円つけば十分。

 京都ではみやこS。本命◎ローマンレジェンドは先団を見る位置取り。抜群の手応えで4コーナーを回るが、包まれてなかなか抜け出せない。しかし、残り100 mで進路を確保するとスッと伸びて1着。着差以上の強さだった。2着にはニホンピロアワーズが入り、安かったが馬連を本戦でゲット。

 今週も、本命サイドの決着とはいえ、4戦2勝。まずまずということにして、来週からのGI七連戦に向かいたい。

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2012年11月3日土曜日

2012みやこS、アルゼンチン共和国杯 オレの予想を聞いてくれよ

 今週はGIはひと休み。京都でみやこS、東京でアルゼンチン共和国杯が行われる。
 アルゼンチン共和国杯と言えば、今年で節目の50回目を迎える伝統のGIIだ。しかし、なぜアルゼンチン共和国杯だけがあって、アメリカ合衆国カップや、フランス共和国特別はないのだろうか。またまた例によって、JRAの特別レース名で調べてみた。

本競走は、昭和38年に日本とアルゼンチンの友好と親善の一環として、アルゼンチン・ジョッキークラブから優勝カップの寄贈を受け、『アルゼンチンジョッキークラブカップ競走』として創設された競走。49年にアルゼンチンの競馬がジョッキークラブから国の管轄に移管されたことに伴い、その翌年から現在の名称となった。

なのだそうだ。AJCC(アメリカジョッキークラブカップ)などと同じ位置づけのレースだったのが、アルゼンチンの競馬の管轄が国になったので、国名のついたレースとなったらしい。なるほど、そういうわけですか。タイランドカップなども、同じ理由で国名がレース名になっているのかもしれない。

 予想は、みやこSのほうを中心にいってみたい。
 ジャパンカップダートの前哨戦として重賞に格上げされたのが2年前。今年で3回目という若い重賞だ。1回目がトランセンド、2回目がエスポワールシチーと、一流馬が勝っている。
 今年もその流れは続くと見た。本命は◎ローマンレジェンド。一昨年のトランセンドのように、ここをステップに一流馬へと登り詰めてほしい。ここはすんなりと通過して、JCダートでJBC組との頂上決戦に進むと見た。
 相手は古馬を中心に、ナイスミーチュー、ニホンピロアワーズを狙いたい。例年、この時期のダート戦では、3歳馬は古馬の壁に跳ね返されるので、3歳は軽視。今年の3歳は例外なのかどうかは、このレースで分かるだろう。
 推奨穴馬はファリダッド。ダートの短距離レースにも飽きてきたのか、ここ数走の成績が冴えないが、1800 mが気分転換になれば切れ味が復活するかも。

 アルゼンチン共和国杯は◎ムスカテール。今年の京都大賞典はレベルが低かったように思う。

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2012年11月2日金曜日

2012アルテミスS、京洛S オレの予想を聞いてくれよ

 今週から開催が変わり、京都と東京は今年最後の開催となる。今年もあと2開催。月日が経つのが年々早くなるなあ。
 そんな11月最初の土曜日は、東京で2歳牝馬の新設重賞が行われるのだが、この時期の2歳戦はワケワカメなので、京洛Sを中心に予想する。

 私は京都で仕事をしているのだが「京洛」という言葉には違和感がある。「京」も「洛」も京都を表す漢字だが、これを二つ重ねた「京洛」という単語はあまり目にしたことがないような…と思って、いつものごとくJRAの特別レース名で調べてみた。すると

京洛は、京都市旧市街地のことで、平安京以来の京都に対する雅称。平安時代初期に、嵯峨天皇が当時の中国の王朝である唐の都の名をとって左京を洛陽城、右京を長安城と名付けた。後に右京が衰退したため、左京の洛陽が平安京の代名詞となり、京洛と呼ばれるようになった。

なのだそうだ。京都を意味する「洛」は唐の都の洛陽の「洛」だったとは、長年京都にいながら知りませなんだ。今週も勉強になりました。

 さてレースにいってみたい。
 芝1200 mのオープン特別のハンデ戦。前走、オパールSで掲示板に載った馬が人気を集めそうだが、このレースはレベルが低かったように思う(独断)。それなら前走で準オープンを勝ち上がってきた◎ハクサンムーンで勝負にならないか。逃げてナンボの馬なので、目標にされたときにどうかだが、ここなら速力が一枚上と判断したい。
 推奨穴馬は6枠の3歳馬2頭。ビウイッチアスはここ3走が物足りないが、もっと走れる馬では。折り合えれば。シゲルスダチは前走はスローペースに泣かされた。ハイペース見込みのここなら差し脚が生きそうだ。

 アルテミスSはどこからでも狙えそう。ナンシーシャイン、ビリオネア、ジーニマジックあたりが面白い。中から本命を挙げるなら◎ビリオネア。東京コースで切れ味発揮。

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2012年11月1日木曜日

書評 大栗博司『重力とは何か ―アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る―』(幻冬舎新書)

 分かりやすいと評判の本書をついに読んだ。なるほど確かに分かりやすい。
 私たちを地球につなぎ止めている「重力」を、量子力学や相対論などの知識がない人に向けて、ここまでかみ砕いて説明された本がついに出た。

 重力が「ある」ということは、皆さんご存じだろう。しかし「ある」と言われても納得いかない人も多いのではないか。「なぜ、どのような仕組みで重力が働くのかを説明してくれよ」というわけだ。

 重力というと、まず思い浮かべるのはニュートンだろう。例の、リンゴが木から落ちるのを見て重力の存在を思いついたという話だ。それはそれで間違いではないのだけれど、ニュートンが見つけたのは
「重力というものが『ある』」
という事実である。そしてニュートンは、その重力がどのくらいの大きさなのかを解き明かした(万有引力の法則)。ここまでは多くの人が知っていることだ。
 ところが「重力はなぜ働くのか、どういう仕組みで働くのか」ということは、まだはっきりとは分かっていない。

 しかし、それが最近明らかになりつつあるらしい。それを分かりやすく説明したのが本書である。
 重力の解明には、アインシュタインの考え出した「相対論」と、それと同時代に発展した理論である「量子力学」の融合が必要なのだそうだ。
 さらに、重力にはそれを伝える「粒子」があるらしい。想像もつかないことだが、小さな小さな「粒」が重力を伝えているのだ。その粒を「重力波」というのだが、その重力波を観測し、たしかにそういう粒があることを証明するには、天文学の力を借りねばならない。2002年にノーベル賞を受賞した小柴先生の研究(カミオカンデ)を想像してもらえればよいだろう。
 それらの先に(それらと並行して)「重力の解明」があるのだそうだ。

 以上のようなことをきちんと理解するには、もちろん専門的な勉強が必要だろう。それを
「高校でも物理ってチンプンカンプンだったよね」
という人にも分かるように説明してくれたのが本書である。
 このところ『宇宙は何でできているか』や『宇宙で最初の星はどうやって生まれたのか』など、この分野の分かりやすい名著が続けて刊行されている。ここまで何冊も続けば、偶然では片付けられない。おそらく、この研究分野の文化によるところが大きいのだと思う。
 従来は「私は科学者なのだから『ウソ』は書けない」という理由で、かみ砕いて書くことができない著者が多かったのだろう。しかし、本書を含めた上記の本の著者たちはそのハードルを乗り越え
「多少『ウソ』は混じるかもしれないが、普通の人に分かりやすく伝えるには、こういう比喩や表現でよい」
という姿勢で執筆されているように思う。たいへんありがたい話だ。他の分野の研究者も、是非続いていってもらいたい。




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2012年10月31日水曜日

書評 平野啓一郎『ドーン』(講談社文庫)

 タイトルの「ドーン」とは、小説中の有人火星探査プロジェクトの名称。そのプロジェクトに参加した日本人宇宙飛行士の佐野明日人が主人公である。

 2030年代という近未来が舞台。火星探査中に宇宙船内で起こった事件の謎、アメリカ大統領選、アメリカ軍が極秘に開発した新種マラリアに関する情報戦などが絡み合い、下手なミステリー顔負けのドキドキ感を堪能できる。
 それが縦糸とするなら、横糸は「分人(ディヴィジュアル、dividual)」という概念だ。英語で個人のことを「individual」というが、小説中では,個人はindividual(分けられないもの)ではなく、さまざまな分人(dividual;分けられるもの)を使い分けて生活している。
 今でも「キャラを使い分ける」という言い方があるように「学校や会社での自分」「家庭での自分」「恋人といるときの自分」などを意識的に、あるいは無意識に使い分けているが、それがもっと進んだかたちと言えばよいだろう。それぞれの分人にはそれぞれの歴史があり、ときには分人ごとに顔まで使い分けたりする。

 そういう舞台を設定しておいて「個人とは何なのか」が追求される。個人は分人に分割できるのか、それとも自分はやはり自分であって、分割できないものなのか。
 主人公の明日人は火星探査の後遺症のため精神に異常をきたしてしまう。その明日人が最後に選んだ結論とは。

 以上のようにテーマは重いが、かといって読みにくくはなく、グイグイとストーリーに入り込んでいける。平野氏の作品はデビュー作の『日蝕』を読んで以来だが、(偉そうな言い方だけど)ずいぶんとこなれてきた印象だ。肩の力が抜けてきたとでも言ったらよいのだろうか。

 なお、平野氏の「分人」という発想は本書に特有のものではなく『決壊』『ドーン』『かたちだけの愛』という三部作になっているそうだ。また今年の9月に『私とは何か ―「個人」から「分人」へ―』という新書が刊行されている。おそらく、平野氏の「分人観」が小説ではなく新書というかたちで書かれているのだろう。是非読んでみたい。




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2012年10月29日月曜日

書評 東野圭吾『ガリレオの苦悩』『予知夢』(文春文庫)

 ともにガリレオ湯川モノである『ガリレオの苦悩』と『予知夢』を、たまたま続けて読んだので、まとめて感想を書いておく。

 ガリレオ湯川と言えば加賀刑事と並ぶ東野小説の代表であり、『容疑者Xの献身』でブレイクしたのはご存じの通り。今回取り上げる2冊のうち、『苦悩』は『容疑者X』よりも後の作品で、『予知夢』は前の作品である。両書ともに短編集である。

 ガリレオ湯川は帝都大学の物理学科の准教授で、その理系知識を生かし、旧友である草薙刑事のもってくる事件を解決する。草薙刑事をはじめ、その上司からも信頼を得ており、堂々と警視庁の捜査に参加できるところが浅見光彦との違いである。民間人が警視庁の捜査に協力するなどあり得ない話だろうが、事件の度に
「あんたは、どこの誰だね。あ?」
というところから話が始まるのも確かにうっとうしい。

 ガリレオシリーズの特徴は、トリックが理系的・科学的に解決されるところだ。確かに一般的には、科学的に事件が解決されると納得はいくだろう。
「犯人は、魂を悪魔に乗っ取られた男でした」
などというオカルトミステリーよりも
「犯人はこういうトリックを使って、アリバイをねつ造した」
という説明のほうがある意味スッキリする。
 しかし、小説というのはスッキリすればよいというものではない。トリックに科学を用いると、理路整然と事件は解決するのだが、下手に用いると「無味乾燥」になってしまう。
 ガリレオシリーズのすごいところは、トリックに科学を用いつつ、決して無味乾燥にはなっていないところだ。トリックは確かに科学的に解決されるのだが、動機などの人間くさい部分が緻密に組み立てられているため、無味乾燥に陥らないのだ。ミステリーは、事件がスッキリ解決すればそれでいいわけではないのである。

 今回取り上げた『苦悩』と『予知夢』の違いにも少し触れておきたい。
 上にも書いたように『容疑者X』の前と後という違いがある。『容疑者X』後である『苦悩』の湯川のほうが、洗練されていてオシャレな雰囲気になっているように思う。これは、福山雅治のオーラによるものなのだろうか。実に興味深い。

『容疑者X』以外にはガリレオ湯川モノは読んだことがない人は、是非、他のガリレオ作品も読んでみてほしい。『容疑者X』のほうがむしろ特殊な作品で、その他がガリレオの王道だということが分かるだろう。





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【読書メモ】アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)

 2020年のベストセラーをようやく読んだ。もっと早く読んでおくべきだった…。   スマホがどれだけ脳をハックしているかを、エビデンスと人類進化の観点から裏付けて分かりやすく解説。これは説得力がある。   スマホを持っている人は、必ず読んでおくべきだ。とくに、子どもを持っている人...