2010年、クレイグ・ベンターという生命科学者が
「人工生命を作っちゃいました」
と発表した。自分たちで一から合成したDNAを元に、人工細菌を生み出したのだ。とはいえこれは、たしかに人工DNAから生命が誕生したのだが、DNAが発現するシステムは既存の生物のものを利用した成果である。しかし、人工合成したDNAから生物が誕生したことは事実であり、広い意味で人工生命と言えなくはないだろう。
「でも、いまいる生物がいなければ、この人工生命は生まれないのだから、何か違うような…」
そりゃそうだ。では、どこまでいけば「人工」生命と言えるのか、その線引きは難しい。
もっと言うと、どういうものを作れば人工「生命」と言えるのか、その線引きはもっと難しい。それが本書の主題「〈生命〉とは何だろうか」なのだ。
合成生物学者である著者が、この問いに真摯に答えたのが本書である。
よくある生命の定義は「自己増殖能を持つ」というものだ。それなら、たとえばコンピューターで自己増殖能を持つプログラムを作れば、それは人工生命と言えるのか。これも一種の人工生命だとする考え方もある。
「でも、やっぱり実体がないとね」
それなら、ポコポコ分裂する有機物を作れば、それは人工生命なのか。
「それは、生命というよりも『モノ』じゃないの?」
それも分かる。じゃあ、どこまでいけば生命といえるのか。結局ここに帰ってくる。
著者は「科学」という観点に加え、「芸術」とうい面からも生命の定義に迫る。生命の本質を解き明かそうとする営みは科学に限らず、芸術もまたそうだというのだ。
人工細胞を合成しようとする科学者としての営みと、芸術を通じて生命に迫るアーティストとしての営み。この二つの営みを行っている著者だからこそ見える観点がある。著者は科学者が(いちおう)本職なので、話の重点はそちらに置かれているが、芸術という観点を絡ませることによる、新たな見解が目を引く。
もちろん本書だけで結論は出ないのだが、今後、「生命とは何だろうか」を巡る議論が、さまざまな形で巻き起こるだろうことは想像に難くない。
生命とは、究極には物質でしかないのか、それとも物質だけでは生命は生まれないのか。この問いを考えるうえで、新たな視点を提供してくれる一冊である。
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