2017年6月14日水曜日

【書評】オリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』(ハヤカワNF文庫)

まだまだAIは脳に勝てない


 映画にもなった『レナードの朝』を書いたことで著名なサックス氏が、『レナードの朝』よりも後に書いた本。脳神経科医であるサックス氏の患者さんから、非常に不思議な24の症例をピックアップし、紹介したものだ。
 最初の症例が、タイトルにもなっている「妻を帽子とまちがえた男」。寝ぼけていたわけでも、うっかりしていたわけでも、知能が著しく低くて帽子の使い方が分からないわけでもない。診察室を出るときに帽子をかぶろうとして、妻をむんずと掴み、頭に持っていこうとするのだ。もちろんギャグではない。本気だ。

 なぜこんなことになるのか。この男の脳に欠けているのは「認識する」という機能なのだ。さらに言うと「見て、認識する」という機能が欠けているのだ。視覚を通して得た情報を「認識」できないのである。不思議なことに、嗅覚から得た情報は認識できる。だから、よい匂いのするバラは
「美しいバラだ」
と認識できる。ところが、視覚からの情報は認識できない。手袋を見せても、何なのか分からない。もちろん、手袋がどういうものかは知っているのにである。手袋を見たときの、この男の反応は次の通りだ。
「表面は切れめなく一様につづいていて、全体がすっぽりと袋のようになっていますね。先が五つにわかれていて、そのひとつひとつがまた小さな袋ですね」
 ここまで見えているのに、手袋と認識できないのだ。

 たとえば常夏の国で育ち、手袋を知らない人が手袋を見たら、どういう反応をするだろうか。おそらく直感的に「手にはめるものだ」と理解するだろう。われわれは自然にそういう直感を働かせるが、これは考えてみればたいへん不思議なことだ。「妻を帽子とまちがえた男」は、この直感を司る脳回路が損傷しているのだろう。

 この他にも、計算は全くできないほど知能は低いが、6桁の素数を提示できる双子の兄弟など、24の驚くべき症例が紹介される。
 まだ、脳についてはほとんど何も分かっていないことを再確認した。「手袋を見れば、手にはめるものだと直感できる」など、脳はまだAIにはできないことを、どうやら無数に行っているようだ。




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