競馬の名場面、名実況を一つあげるとするなら、このレースかなあ。
2000年当時、河内洋騎手(現調教師)は2000勝を間近に控えた、トップ騎手の一人であった。武豊騎手とは兄弟弟子の関係にあり、武騎手はしばしば
「河内さんが兄弟子でなければ、自分はここまでこられなかった」
という発言をしている。河内騎手の人望が伺えるコメントだ。
河内騎手は、テレビ画面からも、その人柄の良さが伝わってくる感じがして、私の贔屓にしている騎手の一人だった。
当時、河内騎手とメジロブライトとのコンビはよく応援した。天皇賞秋のレース後の
「距離が短かった」
というコメントにはズッこけた。2000 mで短いって、どないやねん。
その河内騎手だが、ダービーにはなかなか手が届かなかった。上記のメジロブライトとコンビを組んだ1997年も、1番人気に推されながらも3着。その翌年の1998年には、これまたダービーはなかなか勝てなかった弟弟子の武豊が、スペシャルウィークでダービーを制覇し、先を越された。
そして迎えた2000年のダービー。1番人気は皐月賞馬エアシャカール。鞍上はその武豊だ。河内騎乗のアグネスフライトは3番人気。皐月賞はパスし、京都新聞杯を勝ってダービーに駒を進めてきた。
レーススタート。エアシャカールは後方3、4番手。アグネスフライトはさらに後ろの最後方から、エアシャカールを視界に捉えつつレースを進める。
3コーナーあたりから、エアシャカールが外を進出。アグネスフライトもそれを追っていく。4コーナーでは、大外を回ったエアシャカールの、そのさらに外に馬を持ち出した河内騎手。直線入り口で早くもムチが入る。
残り200 mで、エアシャカールが大外から完全に抜け出す。しかし、そこへ猛追してきたのがアグネスフライト。直線で外にヨレてくるエアシャカールをギリギリ捉えたところがゴール。ハナ差で勝利をものにした。僅差だったが確信があったのだろう、河内騎手はめったしないガッツポーズを見せた。
このときのフジテレビの三宅アナの実況がよかった。当時はフジテレビのスポーツの看板アナで、スポルトの司会をしていたのもこの頃だったか。
最後の直線、アグネスフライトとエアシャカールのデッドヒートに
「河内の夢か! 豊の意地か! どっちだ~!!」
という名実況で花を添えた。うまいこと言うなあ…。こういう台詞って、事前に考えておくものなのか、とっさに出てくるものなのか、どちらなのだろう。
(安かったが)本線で馬券をとったこともあり、記憶に残るレースの一つである。
河内師には、ぜひ調教師としてもダービーを獲ってもらいたいものだ。
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