2013年6月27日木曜日

書評 平野啓一郎『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)

「私とは何か」。この普遍的な問いについて、平野氏が出した一つの考え。それが「分人」という新しい人間観である。
「個人」とはindividualという英語の翻訳である。individualとは、in+dividual、すなわち「分けられないもの」という意味だ。ここからも分かるように、「個人」とは、これ以上分けられない単位として考えられてきた。

 しかし平野氏はこれに異を唱える。一人の「個人」の中にも、さまざまな人格が共存しているはずだ。たとえば仕事場での自分、恋人とデート中の自分、家族と過ごしているときの自分、みんな違うパーソナリティになっているのではないか。それをもっと積極的に認めることを提案し、それぞれのパーソナリティを「分人」と呼ぶ。そして、一人の「個人」は、「分人」の集合体だと考えようというのだ。
 いままでも「キャラを使い分ける」という言い方があったが、それをもっと進めた考え方だと言える。一人の人間はいろいろなキャラの集合体であり、それでよいのだ。どのキャラが本当の自分かというのは愚問であり、言うなればすべてのキャラが本当の自分である、という考え方だ。

 なるほど、これは肩の力が抜けるというか、良い意味で気楽になれる考え方だ。特にいじめなどでつらい目に遭っている人は救われるのではないだろうか。いじめられている自分は自分の一部であり、自分のすべてではないのだ。
 また、「本当の自分」が見つからない人、「自分探し」がやめられない人には特に大きなヒントを与えてくれるに違いない。平野氏は、「本当の自分」などいない、逆にいうと「どんな自分も本当の自分」なのだと説く。そう、あなた全体が「本当のあなた」なのだ、それでよいのだ、と。そう聞いてホッとするのは、私だけではないだろう。

 もう少し若い頃にこの考え方に出会っていれば、私の生き方もまた違っていたかもしれない。
 私もこの年になって(アラフォーです)、オフの自分とオンの自分、プライベートとの自分とオフィシャルな自分などの違いに煩悶することは少なくなってきた。しかしそれは、克服したのではなく「それで仕方ないよね」という諦めであった。そんなところに「分人主義」の考えを知り、気が楽になると同時に、自分を積極的に認めることができるようになった。



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