2012年8月30日木曜日

書評 山際淳司『スローカーブを、もう一球』(角川文庫)

 8人のアスリート(一つはチームだが)をとりあげたスポーツノンフィクション。
 江夏投手を除く7名は無名のスポーツマンたちばかりだが、それぞれが実に興味深いスポーツ人生の持ち主である。
 共通点といえば、スポーツが人生そのものということだろうか。人生をスポーツにどっぷりと浸した男たちの物語だ。

 掲載順に概要を示す。

「甲子園で延長18回を戦った簑島-星陵戦」
「日本シリーズ第7戦の9回に見せた江夏豊のピッチング」
「幻のオリンピック代表選手」
「ドラフト外で巨人に入団したが打撃投手へ転身した選手」
「ストイックとは対極にあるチャラボクサー」
「車の販売員をしながらスカッシュの日本一の座を守り続ける男」
「無名進学校野球部の快進撃の立役者であるエース投手」
「黙々と記録を伸ばし続ける棒高跳び選手」

 よくこんなネタを次々に拾ってこれるものだ。そこが、山際さんの目の付け所の良さと、取材力のすごさなのだろう。

 私が特に面白いと思ったのは、三つ目の「幻のオリンピック代表選手」を扱った「たった一人のオリンピック」だ。幻のオリンピック代表選手と聞いてピンとくる人も多いだろうが、彼はモスクワオリンピックの代表選手である。種目は一人乗りボート(シングル・スカル)。しかしこの物語は
「せっかくオリンピック代表になったのに、出られなくてかわいそう」
という話ではない。彼がオリンピック代表になるまでの過程が面白いのだ。彼がオリンピックを目指したのは、学生時代に雀荘に入り浸っていたときに
「おれの人生、これじゃイカン」
と思ったのがきっかけだという。そんな不良大学生がオリンピック代表になっていく様子は、読んでのお楽しみ。

 八つの短編には
「努力したけど結果が出ない」
などというような、ありがちな話は一つもない。根性・努力などの言葉は少なく、ある意味淡々と、スポーツに身を捧げた男たちの物語が綴られる。

 山際さんのネタ集めの能力と、それを読ませる切り口には脱帽だ。早逝が悔やまれる。




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