おそらく、コンピュータはすでに人間を上回っている。
まずは電王戦について少し説明を(ご存じの方は読み飛ばしてください)。
電王戦とは、将棋のプロと将棋ソフトが勝負する大会で、2014年で第3回を迎えた。第1回はかつての名棋士、米長邦雄がソフトに敗れた。第2回は5名の棋士と五つのソフトの総当たり戦となり、人間側はすべて現役のプロが登場。しかし結果は、人間の1勝3敗1引き分け。
そして迎えた第3回。プロはA級クラスを筆頭に期待の若手も含めた5名の精鋭を送り込んだ。さらに「ハードは統一のものを使用」「ソフトを事前に棋士に提出」「それ以降、ソフトの改変は禁止」など、人間側に有利なルールが新たに設けられた。
しかし、この条件なら棋士側が圧倒するだろうという大方の予想を裏切り、結果は人間の1勝4敗。最強クラスこそ出場していないものの、それに次ぐレベルの棋士までやられてしまった。
この様子をルポとして書いたのが本書。著者の松本氏は東大将棋部出身で、ITの発展に伴って将棋界が変わっていく様子を丹念に追ってきた将棋ライターだ。いまのように話題になる前から将棋ソフトについても取材を重ねており、開発者たちとの縁も深い。本書を書くにはうってつけの人物といえよう。
電王戦を扱った書籍はたくさん出ているが、その多くは棋士側にスポットが当てられており、ソフト開発者側は悪役とまでは言わなくても、相手側として書かれている。
しかし本書では、ソフト開発者側にも十分にフォーカスし、その情熱や努力、私生活にまで踏み込んで描写している。これまでやや置き去りにされてきたソフト開発者側を丹念に描き、彼らこそがむしろ電王戦の主役であることを明らかにしたと言えよう。
ソフト開発者側の詳しい様子は本書で初めて知ったのだが、これがなかなか興味深い。やはり、オタクっぽい感じの人が多い(笑)。また、かなりオープンなコミュニティであることには驚いた。プログラムの中身を全て公開したり、ソフトの思考法を検討し合ったりしているらしい。ソフトの開発というと、狭い部屋で一人で黙々と夜を徹して行うようなイメージだったのだが、そうではないらしい。
このように、将棋ソフトのコミュニティも棋士のコミュニティと似ていて「仲はよいけど、ライバル」的な関係なのが興味深かった。
そして本書を読んだ結論としては、おそらくソフトはすでに人間を上回ったと思う。いきなり「さあ、対局してください」ということになれば、羽生さんでも負けてしまうのではないか。事前にソフトの弱点などを十分に研究して、ようやく五分というところかもしれない。
しかし、それで将棋の魅力が色あせることはないだろうとも思う。人間vs.コンピュータは、人間vs.人間とはまた違った文化を創り出していくに違いない。
将棋ソフトの次のパラダイムシフトは「ルールだけを教える」ソフトの開発だろう。現在の将棋ソフトは、人間の築いてきた膨大な棋譜がベースになっている。それを取っぱらい、ルールだけを教えて独自の差し手を学習させていくのだ。それが実現すれば、新たな定石が山のように生まれてくるだろう。
いまはまだ夢の段階だが、あっという間に実現してしまうのかもしれない。
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