2018年3月16日金曜日

【書評】王銘エン『棋士とAI─アルファ碁から始まった未来─』(岩波新書)

改めて問われる「人間らしさ」


 著者の王銘エン九段(エンは王+宛)は台湾出身で、六つのタイトルをとったことのある一流囲碁棋士。囲碁の実力もさることながら、その解説の明快さでも定評がある理論派だ。数年前から、囲碁ソフトの開発に力を貸していたそうだ。
 その王九段が囲碁ソフトの実力を高めるために試行錯誤しているときに現れたのがアルファ碁。突如現れたこのソフトが、世界有数の実力を持つ李世ドル九段(イ・セドル、ドルは石の下に乙)との五番勝負で4勝1敗と勝ち越して、世界に衝撃を与えた。私も「ソフトがどこまでやれるか楽しみ」程度に考えていたので、度肝を抜かれた。初戦で敗れた李九段の、焦りと苦悶に満ちた表情が忘れられない。

 囲碁はチェスや将棋に比べて場合の数が圧倒的に多く、ソフトが人間を超えるのは、早くても数年先と考えられていた。それが一気に覆ったのだから、大騒ぎになったのだ。そしてクローズアップされたのが、アルファ碁に搭載された、ディープラーニングというシステム。自律的に学習するという機能を備えたこのAIによって、ソフトの実力が飛躍的に上昇したのだ。
 さらに、ディープラーニングがうたっているのが「汎用性」。すなわち、ディープラーニングは囲碁専用のシステムではなく、あらゆることに応用可能だというのだ。実際、ディープラーニングは1年も経たずに囲碁からの「卒業」を宣言した。ディープラーニングの囲碁バージョンといえるアルファ碁の開発・研究は終了し、次の目的へと進んでいる。

 いったい、何が衝撃的だったのか。それは「人間にしかできない」と思われていたことも、AIのほうが上手くやるであろうことが明らかになった点だ。たとえば執筆、作曲などの創作にかかわることも、AIが人間を上回る可能性が高いことが示されたわけだ。近い将来、多くの分野で「人間よりも上手くやる」AIが登場するだろう。
 そのときに改めて問われるのが「人間らしさ」だ。AIの書く小説のほうが面白いなら、もう人間は小説を書く必要はないのだろうか。AIの提示する打順が最も勝率が高いなら、もう監督はスタメンで頭を悩ませる必要はないのだろうか。
 そういうことを考えるときには、AIの知識が必要だろう。それを分かりやすくまとめたのが本書だ。近い将来にくるに違いないAI社会。その波に飲まれるだけでよい人には、本書は必要ない。その波を、自らの力で泳いでいくためには、ぜひ読んでおきたい一冊だ。

 一つ苦言を。ぶっちゃけ、文章が分かりにくい。日本語としておかしい表現が散見される。王九段は台湾出身なのでやむを得ない面はあるだろう。しかし、それをフォローするのが編集の役目ではないだろうか。王九段がディープラーニングやAIのことをよく分かっていることは伝わるのだが、王九段の知識や洞察がこちらに伝わりきっていないもどかしさを感じる。



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