2012年4月9日月曜日

書評 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 上・下』(草思社文庫)

 いやあ、読み終えました。噂に違わぬ大作だった。
 本書は生理学者、進化生物学者、生物地理学者であるダイアモンドさんが「なぜヨーロッパ人が南北アメリカを初めとする他の大陸を征服し、その逆ではなかったのか」という疑問に対する見解を語ったものである。

 タイトルの『銃・病原菌・鉄』とは、ヨーロッパ人が他大陸を征服する際に「直接の」原因となったものの象徴である。すなわち、ヨーロッパ人はこの三つを持っていたので、他大陸を非常な短期間で征服できたというわけだ。
 人類(ホモ・サピエンス)がその生誕地であるアフリカの森林地から出て、旅(グレートジャーニー)を開始したのがいまから約10万年前。それから人類が世界各地に拡散した頃までは、どの人種も狩猟採集生活を行っており、大きな優劣はなかった。
 それがなぜ、1400年代の大航海時代には、あっという間に大陸全体が征服されるほどの差がついたのか。本書にはその理由が語られている。

 その理由は直感的には「相対的に優秀であったヨーロッパ人がいち早く文明を興し、発展させ、その結果が大きな差につながった」というものだろう。早い話が、白人は他の民族よりも優秀だったという説だ。

 しかしダイアモンドさんは、それに異を唱える。ヨーロッパ人が文明を発展させられたのは「たまたま」地理的、生態学的に有利なところに住んでいたからであり、人種として優秀なためではない、と。
 ダイアモンドさんいわく、ヨーロッパを含むユーラシア大陸が、生育可能な植物の種類が「たまたま」多く、家畜化可能な動物の種類が「たまたま」多く、大陸の形が「たまたま」東西に広がっていたことが、ヨーロッパ人(およびユーラシア大陸人)を有利にしたに過ぎない。
 本書は、この主張を、手を変え品を変え、さまざまな角度から検証したものである。よって同じような主張が何度も何度も出てくるので、少々辟易する部分はある。しかし、それを差し置いても、一読に値するものの見方であると思う。グレートジャーニー以降の人類の歴史を俯瞰したい方、現在の世界情勢がなぜいまのような形に収まっているのかに興味をそそられる方には外せない一冊(二冊?)である。

 本書の特徴の一つは、ダイアモンドさんの主張が、できうる限り科学的な根拠に基づいていることである。予測や憶測は極力排除されている。発掘された遺跡を科学的に分析したデータ、動植物の遺伝的な分析など、なるべく科学的な根拠を元に主張が展開されているため、説得力がある。ダイアモンドさんが本書を書いたのがあと20年遅かったら、遺伝学的な知見は桁違いに多かっただろうから、さらに違った論旨が展開されたかもしれない。

 とはいえ、ダイアモンドさんの見解が本当に正しいのかどうかは、立証できない。タイムマシンで5万年前に戻って、ヨーロッパに住んでいる人とアメリカ大陸に住んでいる人を総入れ替えして、それでも白人が他大陸を征服するのかどうか、検証することはできない。白人優位説者たちはこのように主張するかもしれない。
 しかし、本書を読んだ後では、そんな主張はアホらしく聞こえる。たまたまラッキーな場所に住んでいた人たちが、現在の世界を牛耳っているという説に、私も同意する。


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