2015年6月4日木曜日

【書評】五島朋幸『ドクターごとうの訪問歯科シリーズ1 愛は自転車に乗って』(大隅書店)

医療は人の営みだと再確認。訪問歯科医が要介護者の生を支える様子に心を打たれた。


 私の祖父母4人のうち、1人は病院で、残りの3人は施設で亡くなった。なので私は、自宅での介護の様子をよく知らない。しかし自宅での介護が非常にしんどいであろうことは想像がつく。そんな介護の現場に、五島氏のような人が来てくれたらどれほどありがたいか。

 五島氏は、訪問医療を実践する歯科医。昔で言うところの「往診」をしてくれる歯医者さんだ。歯医者にも往診があることすら知らなかったが、考えてみれば、そういう歯医者さんがいないと困る。外出が困難な要介護者が歯科医院に出かけることは難しいだろう。
 しかも五島氏は、たんに往診をするだけでなく、患者さんの「生」を常に考える歯科医師である。
「われわれ医療者の目的は人が生きることを支えることであって人を生かすことではない!」
という台詞が五島氏の医療観を物語っている。五島氏は延命のためだけの医療をよしとせず、「生」の質を高める医療を実践してきた。
 歯科医師である五島氏にとって「生きることを支える」ことは「患者さんが口からものを食べられるようになる」ことだ。現在は医療が発達し、点滴や胃ろうによって栄養を補給することにより、口から食べなくても延命できるようになった。
「でも、それでよいのか」
という五島氏の叫びが聞こえてくる。もちろん生命を維持することは大事だが、それだけでよいのか。「生きる喜び」があってこその「生」なのではないか。きれい事だが、事実だろう。
 そんな医療を実践する五島氏に賛辞を送りたい。日曜はもちろん、お盆や正月も訪問医療に駆けつけ、まさに年中無休だ。金銭的な見返りは少ないだろう(午後も外来をとれば収入は増えるに違いない)が、身を粉にして患者の生を支える姿には頭が下がる。

 とはいえ、医療者みんなが五島氏のような医療を実践してほしいということではない。みんなが五島氏のように非効率な(失礼)医療を施せば、医療は破綻するだろう。訪問医療はしていなくても、それぞれの医療者はそれぞれの役割に日々邁進しているに違いない。
 しかし、患者の生の意味を考えて支える五島氏のような医療者がいることに安堵するのは私だけではないだろう。形は訪問歯科医でなくてもよい。もっと言えば、医療者でなくてもよい。いつの時代も、生を支えてくれる人がいるから「人間らしさ」が守られているのだろう。

※なお本書は、2007年に一橋出版から刊行された本の復刻版である。




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