前回、「盛りそばに海苔がパラパラとかけてあるのがざるそばである」という週刊競馬ブックの記事を紹介した。果たしてこれは本当なのだろうか? 海苔がかかっているだけで100円も高いなんて、本当なのか? その答えは「現代では、おおむね正解である」といえる。なんだか政治家の答弁みたいだが、事実なのでお許しいただきたい。このことを理解していただくためには、そばの歴史を簡単にたどりつつ、説明していくのがよいだろう。
そばという植物自体は、縄文時代にはすでに日本に入ってきており、栽培されていた。そばというと東洋のもののように感じるかもしれないが、ヨーロッパでも作られていたらしい。種をまいてから収穫までが短いため、米や小麦が不作だったときの食料として重宝したそうだ。
ところで、みなさん「そば」というと麺類を想像するだろうが、麺類としてのそばの歴史はそれほど長くはない。そばは、長い間、すいとんや団子状にしたものを、煮たり焼いたりして食べられていた。いまのように麺状にして食べるのが広まったのは、江戸時代初期のことである。信州や甲府で1500年代末に考え出された方法が、江戸に入ってきたのが1600年代の前半ということらしい。いったい誰が、切って細長くして食べようと思ったのだろう。その人の発明がなければ、今頃そばは栽培されず、絶滅しているかもしれない。まさに大発明である。
そして、その麺状のそばを「そば切り」と呼び、それまでの団子状のそばとは区別した。ちなみに「うどん」は、そばよりも早く、1300年代には麺状のものが登場していたらしい。麺としての歴史はそばよりも長いのである。
その「そば切り」が広まると、今度はまた新しいそばの食べ方が流行する。それが「ぶっかけそば」であり、文字通り、つゆを麺にぶっかけて食べたわけだ。これが、その後「かけそば」へと転じたのである。その「かけそば」と区別するために、従来の、つゆにつけて食べるそばを「盛りそば」と呼んだのが盛りそばの始まりである。
では、もう一方の「ざるそば」はどのように誕生したのだろうか。ざるそばは、本来は盛りそばの一種で、盛りそばをざるに盛ったものを「ざるそば」と呼んだのだ。「なんだそりゃ」という気がしないでもないが、えてして、そんなものなのかもしれない。「盛り」そばなのに、盛り上がらないなあ…。
「ざるそば」は、江戸時代の中頃に伊勢屋という店が出したのが始めといわれている。普通の盛りそばよりも、ワンランク高級なそばという位置づけだったそうだ。要するに、ざるそばは「高級盛りそば」だったのである。ということは、たんにざるに盛っただけのものだったわけではない。つゆも、普通の盛りそばとは違い、砂糖(当時は高級品だった)を使ったりして、差をつけていた。これが「本来の」ざるそばと盛りそばの違いである。その「高級感を出す」という流れの中で、盛りそばにはかかっていない「海苔」がざるそばにかけられるようになった。これが現在まで続いているわけだ。盛り上がりはなかったかもしれないが、それなりに興味深い話ではないだろうか。
では、いまでも「ざるそば」は高級盛りそばなのかというと、そうではない。砂糖もとくに高級品ではなくなった現在、(こだわりの店を除くと)つゆを「ざる」と「盛り」で変えている店もほとんどない。ざると盛りの違いは、海苔だけになってしまったのだ。中には、ざるそばが盛りそばよりも250円も高い店もあるらしいが、そんなざるそばを注文する人がいるのだろうか。本来の意義がなくなり、形だけが形骸化して残っている典型例であろう。われわれの身の回りには、気づかないだけで、たくさんの「形骸化したもの」が残っているのかもしれない。
なんだかマジメな締めくくりになってしまったが、たまにはこういうのもよいだろう。
2011年10月4日火曜日
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