2012年7月10日火曜日

書評 喜多喜久『ラブ・ケミストリー』(宝島社文庫)

 正直「化学を扱ったというのが珍しいだけで、ストーリーとしてはたいしたことないんじゃないの?」と思っていた。ごめんなさい。私が悪うございました(誰に謝ってるねん)。本書は、化学(ケミストリー)をまったく知らない人でも堪能できる、上質のミステリーである。

 主人公は東大農学部の大学院生である藤村桂一郎。有機化学の分野で全合成の研究をしている。全合成とは、ある化合物を人工的に合成するルートを確立する研究分野である(詳しくは本書を読んでいただきたい)。藤村はある特殊能力をもち、そのため天才的な研究成果をあげてきたのだが、ひょんなことからその能力が消えてしまう。ひょんなこととは…ラブ、すなわち恋愛だ。そこへ、とある魔女(?)が登場。藤村の特殊能力を取り戻す手伝いをするのだという。
「果たして藤村は能力を取り戻せるのか?」
「恋愛の行方は?」
「藤村に恋愛感情を抱き、魔女を呼んだ人物は誰なのか?」
ハラハラ・ドキドキの展開で、一気に読み終えた。

 科学者を主人公に据えたミステリーは多々あるが、そのほとんどは数学者、物理学者、医者などであり、化学者が主役の話は珍しい。さらに、探偵役ではなく、一介の大学院生というところがまた面白い。
 本書を楽しむのに、化学の知識がなくてもまったく問題ない。化学はいうなれば横糸であり、ミステリーの本筋とはほとんど関係ない。化学ではなく数学でも経済学でも話は成り立つ。
 しかし、本書の魅力はやはり化学にある。化学の魅力、全合成の醍醐味、理系ラボの雰囲気、東大理系男子の生態、これらが生き生きと書かれており、爽やかなストーリーに仕上がっている。喜多さんの専門知識が存分に、しかし押しつけがましくないかたちで生かされている。

 数学、物理学、医学、薬学、バイオ系などに比べ、どこか地味で小説のテーマになりにくかった化学だが、喜多さんによってその壁は破られた。喜多さんからはすでに『猫色ケミストリー』という第二作目が上梓されている。この調子で、どんどん「ケミステリー」の世界を広げていっていただきたい。




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