2012年7月16日月曜日

書評 酒井順子『女流阿房列車』(新潮文庫)

「阿房」と書いて「あほう」と読む。要するに「アホ」のことである。書名は、1950年代に内田百閒さんという方が執筆した『阿房列車』の女流版という意味である。

 鉄道マニアのたてたディープでハードな鉄道旅プランを、ユル鉄の酒井さんが実行し、その様子をまとめた鉄道エッセイ。他人のたてた鉄旅プランを「電車でウトウトするのが好き」というエッセイストが敢行するという、前代未聞の企画である。
 しかし、この試みがおおいに成功している。鉄道オタクがたてた企画を自分で実行しても、自慢話にしかならない。ところが、これを酒井さんに実行させ、酒井さんの視点からまとめることにより、鉄分の濃くない一般人にも楽しく読める書籍に仕上がっている。
 また酒井さんの、淡々としているがジワジワと面白さがこみ上げてくる文章も、本書の雰囲気とよくマッチしている。

 酒井さんがあまりにも淡々と面白おかしく書いてしまうため、ユルい旅のように感じてしまうが、本書の企画はなかなかハードである。いくつかあげてみよう。

・東京の地下鉄全線を1日で完全乗車
・24時間で鈍行のみを使ってどこまで行けるか
・東京から53回乗り継いで京都までたどりつく(東海道53乗り継ぎ)

などなどである。後半の企画ほどハードさが落ちていき、マニアックさが前面に出てくる気がしないでもないが、それはそれでまた面白いということにしておこう。

 私も電車に乗るのは好きだが、全線完乗とか、車両系の話題とか、そういうのには興味がない。そうではなく、空いた車両でウトウトしたり読書したりしながら、あてもなく乗り続けるのはけっこう好きだったりする。そういう意味で、酒井さんとは鉄分の濃さが同程度というか、鉄分の成分が似ていて、それが本書を楽しめた理由の一つかもしれない。

 本書を読んで、久しぶりにダラダラと電車に乗りたくなった。幸いなことに、私の最寄り路線はそういうのにはうってつけな、半ローカル路線なのだ(うらやましいか)。子どもがもう少し大きくなったら、ユルユルと琵琶湖一周でもしたいものだ。



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