2章 ノーベル賞の概略
この章では、ノーベル賞をざっと見て、ノーベル賞というのはどういう賞なのか、その全体像をつかんでもらいたい。
前章で述べたように、ノーベルはとんでもない遺言を残してこの世を去った。その遺言をもとに設立されたのがノーベル財団(Nobel Foundation)である。設立されたのはノーベルが亡くなってから4年後の1900年(ちなみに日付は6月29日)であった。この財団が現在まで存続しており、ノーベル賞に関するさまざまなことを取りしきっているのである。
ただし、ノーベルが遺言を残したからといって、簡単に財団が設立されたわけではなかった。とてつもない遺産があったのだから、もめたのも当然だろう。親戚や友達がたくさん湧いて出たにちがいない。実際に、ノーベルの兄弟やその家族は、かなり抵抗したようだ。
ここで、その「とてつもない遺産」について少し補足しておきたい。ノーベルの残した財産は、おもに前章で書いた「ダイナマイト」によるものであった。ダイナマイトがたくさん使われたからこそノーベルは莫大な富を得たわけだが、たくさん使われた理由が彼の思っていたものとは違ったのである。彼はダイナマイトの利用について、建設現場での爆破などを想定していた。しかし実際には、ダイナマイトは「兵器」としてとんでもない威力を発揮したのである。ノーベルはこのことに心を痛め、そのためノーベル賞に平和賞があるのだといわれている。
これは、ちょっと美化されすぎている話のような気がしないでもないが、アインシュタインが原爆の開発をアメリカ大統領に嘆願したにもかかわらず、後にそれを後悔したことと似た話なのかもしれない。ただ、私が感じるのは、両者ともおそらく「この研究がどのように使われるか」というようなことよりも、むしろ「その研究自体の面白さ」に惹かれて研究にのめり込んでいったのではないかということである(ただし、アインシュタインは原爆の開発、いわゆるマンハッタン計画には直接はかかわっていなかったことは補足しておく)。現在でも、遺伝子工学・発生生物学・微生物工学など、悪用するとかなりヤバいことができそうな分野はいくらでもある。サリン事件もその一例だろう。科学者や技術者(とくに科学者)は研究そのものの面白さにのめり込んでいく人たちであると思うし、逆に言うと、研究そのものにのめり込めない人は、そもそも科学者には向いていないのではないだろうか。さらに、科学の進歩は、科学者たちのそういう性質(性格?)によって支えられていることも、また事実だろう。われわれも、いろいろ考える必要がありそうだ。
ノーベル賞に話を戻そう。ノーベル賞は、上記のノーベル財団という私的な機関が授与する賞である。だれが、どのような調査をして受賞者を決めているのかや、賞金はどのように捻出しているのかは、後に詳しく見ていくことにして、ここではその他のことをざっと見ていきたい。
まず、ノーベル財団は「Board」(日本語でいうと「委員会」か)によって運営されており、そこには7名の委員がいる。その7名は、すべてスウェーデンまたはノルウェー国民であり、ノーベル賞授与団体の管財人(Trustees of the prize-awarding bodies)によって選ばれた人たちである。なんだか複雑だが、要するに管財人というのが、陰のボスみたいな存在なのだろうか。ちょっと怪しげな雰囲気である。ただし、この「Board」は受賞者の選考にはいっさいかかわらない。では何をしているのかというと、財政面を担当しているのだ。要するに、お金を稼いでいるわけである。どのようにして稼いでいるのかは、あとで説明することにしよう。
ところで、ノーベル賞には何賞があるのか知っているだろうか。正解は、物理、化学、医学生理学、文学、平和の五つである。もう一つ、経済学賞というのもあるのだが、これは1968年にできた賞で、ノーベル財団が授与する賞ではなく、正式名を「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞」といい、ノーベル賞とは別の賞である。
この五つの賞の受賞者が毎年選ばれ、12月10日(ノーベルの命日)に授賞式が行われる。受賞者がパーティー会場のような立派な場所で、正装をして賞をもらい、そのあと講演をしている映像を見たことがあるだろう。ただ、カンヌ映画祭などのように、その場で華々しく受賞者が発表されるわけではなく、発表自体は事前(2005年は10月はじめに発表された)にすでに行われている。
なお、その発表日時は事前に告知されているので、受賞するかもしれない人のところにはマスコミも集まり、会見場も用意されている。しかし、これはあくまでもマスコミ側の予想に基づいて集まっているだけであり、ノーベル財団が有力候補を発表するわけではない。選考過程はかなり厳重に箝口令が守られている。たとえば、ノーベル化学賞を受賞して一躍有名になった田中さんのところには、マスコミなどまったく集まっておらず、本人もなんの準備もしていなかったそうだ。世間の評価とはかかわりなく、独自の基準で受賞者を選考しようという意図は感じられるし、その点については賞を与える側もけっこう頑張っていると思う。
私がいまおもにかかわっている分野でも、毎年、何人かの日本人研究者が有力候補として名前があがる。果たして今年は日本人の受賞はあるのだろうか。
2011年10月6日木曜日
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